テーマ:大河ドラマ

青天を衝け 第3回目

「青天を衝け」3回目を拝見した。 いよいよペリー来航に伴い、高島秋帆が出獄した。 高島秋帆の活躍場面はこれからもあるのだろうか。 ところで、私事だが僕の住居は宝塚市で武庫川沿いに住んでいる。これまでの27回の引っ越しの中で、武庫川に面して住むのは3回。なので親しみがあるのだけれど、この武庫川は宝塚市内を流れ、伊丹市と西宮市、尼…
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青天を衝け

今回の大河ドラマ「青天を衝け」は史実に結構忠実ではないかと思う。 何しろ今までとちょっと違うのは、 時代考証は、井上潤(渋沢資料館館長)、斎藤洋一(戸定歴史館館長)、門松秀樹(慶応大学准教授)。 国旗考証は、国旗研究の第一人者と言われる吹浦忠正。 資料提供は、永井博(茨木歴史館特別研究員)、大庭裕介(慶応義塾福澤研究センター…
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太平記のなかの桃井直常

昨年から、南北朝期を大河ドラマで初めて描いた「太平記」を観ている。 初回放送は1991年1月6日から12月8日の期間に行われ、今回はコロナ禍の中、再放送された。 大河ドラマとしては、 100年続いた北条政権の専制や退廃した鎌倉幕府に対し、倒幕の挙兵をした後醍醐天皇に呼応しつつも、内乱を繰り返しながら、室町幕府を開いた足利尊氏の…
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本能寺の「能」の字

大河ドラマ「麒麟がくる」第5回目放映で、早くも本能寺が登場した。 明智光秀の生年は不明なので今回のドラマの年代はややあやふやだが、舞台は天文17年秋(1548)としている。 本能寺は、 1415年に先祖になる桃井播磨守直常の曾孫・日隆が「本応寺」を創建したことに始まる。 1418年に妙本寺宗徒により破却され、1429年に山本…
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お龍の馳せ報知の姿は?

伏見寺田屋にて坂本龍馬と三吉慎蔵が幕府の捕吏に襲われたときに、お龍が危機を二人に知らせた。      画像は、2018/9/2放送 「西郷どん」より このときの風呂場からの馳せ報知のお龍の姿を直接知っているのは、お龍本人、一緒に風呂にいた殿井力子、目撃した龍馬・慎蔵の計4名と、数人の幕吏に限られる。 ⑴ お龍 …
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妻は、くノ一

再放送が始まった。 第一回めの舞台は、文政7年(1824)の江戸。 のちの明治天皇の曽祖父になる、9代藩主・松浦清(静山)が、ドラマでは、前藩主として登場する。 平戸藩はかつては、貿易で栄えた土地柄であったが、貿易窓口が長崎に統一されたため財政が窮乏する。開国を目指す平戸藩と、それを疑う幕府との対立がベースにあるという設定にな…
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朝ドラ「あさが来た」10月7日放送 お雛様

今回の朝ドラで気になったことは、やはりお雛様 ひな壇の準備をしている場面が出てきたので、ときは桃の節句の3月3日かその前のことになる。 お雛様を箱から出して、いよいよひな壇の空いている上段にに置くところなのだが、何故か内裏様の右側に置くようだ 描いている年代は、前回の放送では、慶応元年(1865年)と表示していた。 慶応…
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「花燃ゆ」9月13日放送 桔梗屋の辰路

今回の関心事は、久坂玄瑞の子・秀次郎の実母のこと 秀次郎の母が、桔梗屋の辰路となったのはそんなに昔ではない。 玄瑞の曾孫(秀次郎の孫)・久坂恵一氏は当初、秀次郎の実母は佐々木ヒロとしていた。 恵一氏が、『 鴨の流れ 』創刊号(昭和48年9月10日発行)に掲載した「久坂家略伝」には、 「久坂が在京中に身の回りを世話していた…
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「花燃ゆ」8月2日放送 赤禰武人

今回の関心事は、赤禰武人は奇兵隊の第何代総督かということ 長藩は、文久3年(1863)5月10日の「攘夷実行」によって米船や仏船など無差別に砲撃を加えたが、3週間後に手痛い反撃を受け、馬関各地の砲台は破壊され軍艦は撃沈されてしまう。そして、この戦いにおいて、既存の藩士は隊伍を乱して退走など卑怯で戦意に欠けた姿を露呈する。これらのこ…
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「花燃ゆ」7月19日放送  山口から萩へ

今回のドラマの関心事は、移鎮した山口から一時的に萩へ戻ったこと 文久3年(1863)、萩藩は藩庁を萩から山口へ移鎮する際に、5月10日の攘夷実行に当たり萩では指揮が不便なためと申立て、その月に滞京中の老中板倉勝静のもとへ居城移転を提出したが、その前から移転作業は進んでいた。 すなわち、4月16日早暁、藩主毛利慶親は湯治を名目に萩…
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「花燃ゆ」7月5日放送  蛤御門

今回のドラマの関心事は、禁門の変の由来となった蛤御門 この門と関係の深い町が、宝塚の小浜(こはま) 小浜は15世紀末頃に小浜庄として開かれたらしく、有馬街道、西宮街道、京伏見街道の3つの街道が交差する場所となり、宿場町として栄えた。 そのため、江戸幕府から交通の要衝として重視され番所も置かれた。 小浜は、大工や左官のたくさん…
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「花燃ゆ」7月12日放送  講和談判の代表

今日のドラマの関心事は、下関戦争の講和談判の代表 長府藩士・三吉慎蔵の家系図をみると、 三吉家初代は、先祖の本国・備後にて城持ちで三吉下総守と名乗る。その孫・三吉政房のときに、備後国から長門長府へやって来て、その子の正則は長府藩主毛利秀元に仕える。 この初代・三吉下総守の弟に、上里周防守広秀がいる。この広秀の10代後には、幕末…
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「花燃ゆ」6月7日放送 久坂玄瑞一家

今回のドラマでの関心事は久坂玄瑞とその家族のこと 小田村伊之助と三吉慎蔵とは早くから交流があるが、玄瑞と慎蔵とは明確ではない。 伊之助と慎蔵は、文久3年(1863)の八・一八政変の1ヶ月ほど前に一緒に京都へ出張する。それ以後、二人は親密な中になり、明治以後も交流は続いていく。 玄瑞と慎蔵とが、直接会ったとの史料は今はない。ただ…
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「花燃ゆ」6月7日放送 八・一八前後の行動

今回の関心事は、小田村伊之助の八・一八前後の行動。 ドラマでは、藩主に大和行幸の予定を報告し、藩士を随行させる許可を貰っている。この前後のことは『楫取素彦覚書』にもあるが、他の史料で補足してみたい。 文久3年(1863)5月10日の攘夷期限にあたって、長州のみが行い他には同調する藩がなかった。下関海峡を挟んだ小倉藩も砲撃に協力し…
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「花燃ゆ」6月21日放送  萩藩世子の毛利定広

今回のドラマの関心事は、長州萩藩世子の毛利定広 定広は、天保10年(1839)9月22日生まれで、徳山藩毛利家から養子になり、ドラマの元治元年(1864)6月頃は数えで26才。 このとき、天保10年8月20日生まれの高杉晋作は1ケ月生まれが早いが、世子と同じ26才になる。 この年齢が実は晋作にとっては生涯大きなメリットを生…
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「花燃ゆ」6月14日放送 来嶋又兵衛

今回のドラマの関心事は、来島又兵衛 三吉慎蔵の三吉家を調査していて、慎蔵と縁者になる船越清蔵が、又兵衛とも縁者になることが分ってきた。 少しややこしいが、三吉慎蔵と来島又兵衛との関連を明らかにしておきたい。 江戸時代、長男でなければ原則として家は継げないため、長男以外は坊主か養子になる。 〇長府藩士小坂土佐九郎の次男で…
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「花燃ゆ」5月17日放送  長井雅楽

今回のドラマで気になったのはやはり長井雅楽のこと このドラマはとにかく展開が速いので、重要な事実の起承転結が省かれる。 航海遠略策にしても提言されあっという間に藩論となり、そして直ぐ(2週間後には)破約攘夷に置き換えられる。 長井雅楽や航海遠略策については、あまり理解できない筋書きだったのではないだろうか。 登場人物も多すぎ…
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「花燃ゆ」5月17日放送 晋作の短銃

今回の関心事は、晋作が上海で求めたピストル ドラマでは、短銃は1丁しかないようだが、晋作は文久2年(1862)に上海で2丁の短銃を購入している。 晋作の上海日誌『遊清五録』によると、 6月8日の条に「午後到蘭館、求短銃及地図」 6月16日の条に「与中牟田外行至米利堅人店、求七穴銃」 とある。 6月8日にオランダ商館から短…
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「花燃ゆ」5月24日放送  攘夷実行

文久3年(1863)5月10日の攘夷期限の日、長州の砲台が火をふいた この日、いわゆる攘夷が行われたのだが、実行したのは長州一藩だけで、攘夷実行の舞台は長府藩領と続く海域でのみだった。。 長府藩の御家記『毛利家乗』にこの砲撃について若干記述がある。 『毛利家乗』を全面的に信用してはいけないことは、中山忠光卿の暗殺を病死としてい…
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「花燃ゆ」5月3日放送 お雛様

今回の放送で一番気に入っているのが、3月3日 桃の節句の場面 お雛様と内裏様が、古来からの陰陽の伝統に則って配置されている 定年を前にして、無趣味だった僕は、無理やりいくつか趣味をこしらえた。 ①先祖調査 ②幕末の歴史研究 ③史跡めぐり ④古写真研究 ⑤お雛様の鑑賞 などなど 3月3日は、井伊直弼暗殺の日なのだ…
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「花燃ゆ」5月10日放送 松浦亀太郎

今回の関心事はやはり松浦亀太郎 松陰の様々な絵を描き残したことで有名だが、 僕にとって関心があるのは京都霊山の関係として・・・ 京都洛東霊山の霊明神社は、幕末の文久2年から戦死・変死した志士の神道祭を執り行ってきた。 この霊山での神道祭の最初の志士は誰なのか。 実はこれまで、長州清末藩の国学者・船越清蔵と信じてきていたのだ…
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白虎隊自刃の真相について

先日上京した折、3/16に江戸東京博物館で「八重の桜」の展示を拝見した。 第一級資料をふんだんに使った素晴らしい展示会であった。 「白虎隊の自刃の図」も、明治2年に穂積朝春が描いた図で、会津降伏後に猪苗代謹慎所で、蘇生した飯沼貞吉から聞いた自刃の様子をそのまま絵にした第一級資料である。 白虎隊自刃の図はその後色々な想像に任せた…
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京都洛東史跡めぐり

先日、白虎隊の会京都支部では「洛東 幕末の史跡を訪ねる」と題し、来年の大河ドラマ「八重の桜」にゆかりの場所をメインに史跡巡りを行った。 この日は天気予想も27度の夏日だったが、参加者6名で、3時間で16,000歩ほどの距離を皆元気で歩いた。 地下鉄蹴上駅を出発し回ったのは以下のコース。 蹴上駅~南禅寺(金地院・牧護庵)~同…
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同志社創立者と大河のヒロイン

昨日京都南禅寺に用があったので、ついでに近くの若王子山に登ってきた。 この山の頂には、同志社の創立者新島襄を始め、妻八重、八重の両親と兄の山本覚馬、覚馬の次女、徳富蘇峯、そして中村半次郎の恋人村田さとなど同志社関係者が眠っている。 西田幾多郎に因んだ哲学の道の南端に熊野若王子神社がある。この神社の脇に、若王子山の山頂にある同志社…
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