文楽の『仮名手本忠臣蔵』

昨日の読売の文化欄に「文学 文楽 うその世界へ」と題し、直木賞受賞の大島真寿美さんと人形遣いの桐竹勘十郎さんの対談が載っている。
大島さんは4年前に初めて文楽「妹背婦女庭訓」を観劇する。そのとき、人形遣いの桐竹勘十郎さんの操る「お三輪」に衝撃を受け、『渦 妹背婦女庭訓 魂結び』を書く。これが第161回直木賞に輝いた。
なかなかいいお話だ。01.JPG

僕は昨年8月に初めて文楽を観劇した。
そして、「文楽」の名の由来となった人形芝居の興行主・植村文楽軒の本名が正井嘉兵衛と知った。
調べると本籍が同じ淡路の仮屋出身で、そんなことから急に文楽に関心を持ってしまったのだった。

今年は『仮名手本忠臣蔵』を楽しみに観ている。IMG_9498.JPGIMG_9497.JPG
『仮名手本忠臣蔵』は11段から構成されているが、大序~四段、五段~七段、八段~十一段の3回に分けて、春夏秋に公演される。
既に2回の七段までが終了した。IMG_9504.JPG

江戸時代に、人形浄瑠璃や歌舞伎が盛んに書かれたが、内容の大半は当時実際に起きた事件やお家騒動などに題材をとっている。ただ実名を使って実録風に描くと幕政批判と受け取られかねないことから、物語の多くを『太平記』などの別の時代に仮託して描き、これを時代物と呼んでいた。
人形浄瑠璃・歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』もその一つで、元禄年間におきた赤穂事件を描くが、筋書きは『太平記』の世界に仮託して描いている。
播州赤穂藩主・浅野長矩は「塩谷判官」として(播州の名産品「赤穂の塩」からの連想)、幕府高家肝煎・吉良義央は「高師直」として(「高家」からの連想)登場する。
物語の発端は赤穂事件の実情とは異なる色恋沙汰となっているのも、塩冶判官の妻・顔世御前に対する師直の横恋慕という伝承をそのまま物語に取り入れているためといえる。
『仮名手本忠臣蔵』では、大星由良助のモデルは大石内蔵助など、ほかに多彩な人物が登場する。
大序から四段までIMG_9505.JPG
五段から七段まで67585457_2168018899992506_7420973270033235968_o.jpg
桐竹勘十郎さんは、大序~四段目での高師直、五段目~八段目の大星由良助の人形を操っている。

『仮名手本忠臣蔵』の筋は以下の通りIMG_9513.JPG
鎌倉に下向した足利義貞(将軍足利尊氏の弟)の御馳走役を勤める塩谷判官(えんやはんがん)と桃井若狭助(もものいわかさのすけ)は指導役の高師直(こうのもろのお)にイジメられる。若狭助の家老・加古川本蔵は、若狭助の知らないうちに師直に賄賂を贈り、若狭助はとりあえず事なきを得る。IMG_3826.JPGIMG_3829.JPGIMG_3828.JPGIMG_3827.JPG
一方、師直は塩谷判官の妻・顔世御前(かおよごぜん)に横恋慕してはねつけられ、塩谷判官をいびりにかかり御馳走役をとりあげる。IMG_9532.JPG
堪忍袋の緒が切れた塩谷判官は殿中で師直に切りつけるが、加古川本蔵に抱きとめられ額に傷をつけただけに終わる。(大序~3段目)IMG_9535.JPGIMG_9537.JPG
切腹をさせられる塩谷判官は、絶命に間に合った国家老大星由良助に直接にあだ討ちをたのむ。(四段目)IMG_9539.JPG

主人の大事の時におかると逢引していた早野勘平は、大事の後、山崎に住むおかるの親の家に落ち延びて猟師になっている。あだ討ちに必要なお金、100両を工面するためおかるは祇園に身を売ろうと考える。
その代金をおかるの父親与市兵衛が持って帰る途中、塩屋判官の家老斧九太夫の息・斧定九郎に襲われ刀で殺されてしまう。金をとった定九郎を勘平が猪とまちがって鉄砲で撃つ。暗闇の中で財布の金を、勘平があだ討ちの資金にする為にとる。(五段目)
家に帰った勘平は与市兵衛が死んだことを知り、また持ち帰った財布が与市兵衛のものと分かり、殺したのは自分だと誤解して切腹する。勘平は、息果てる前に与市兵衛の死因により無実が判明し、あだ討ちの連判状に署名し義士へ仲間入りを許される。(六段目)

おかるは勘平や父親が死んだ事を知らないまま、祇園で遊女になっている。由良助も同じ茶屋であだ討ちの計画を知られない様遊んで暮らしている。おかるの兄・平右衛門があだ討ちに加わろうとやってきて、おかるは夫勘平の切腹を知る。
平右衛門はおかるが由良助に届いた密書を盗み見た事を知り、由良助に殺される前に自ら妹を切ってあだ討ちに加わろうとする。全てを知った由良助はそれを止め、おかると共に、高師直のスパイになっている斧九太夫を成敗する。(七段目)
(省略)
師直の屋敷に討ち入った浪士たちは本懐をとげあだ討ちを成就する。(十一段目)

実は登場人物について僕の関心事の一つは、御馳走役の桃井若狭助。
最初の「大序 鶴が岡兜改の段」で、「御馳走役の役人は桃井播磨守が弟若狭助安近」と紹介されている。
高師直(=吉良)からイジメを受ける伯耆の城主・塩谷判官(=浅野)の同僚であり、味方の役回りを演じる。
塩谷判官と一緒の御馳走役という場面から、元禄期の伊達左京亮がモデルとも想定できるが、若狭助の演じる人物像はズケズケ「正しい」コトを言い、気短で血気盛んであることなど、一般的な左京亮のイメージと共通するところは全くなく、新しい役回りを演じている。
文楽での桃井若狭助は、大序、二段目、三段目でもなかなかの活躍で、そして十一段目の最後にも登場する(らしい)。

関連部分を取り出すと、
足利直義を招いての鶴岡八幡宮での場面で、高師直の逆鱗に触れ、満座で恥をかかされる。
血の気の多い若狭助は、屋敷に帰ってから家来・加古川本蔵に「明日はもはや料簡ならず、御前にて恥面かかせる武士の意地。その上にて討って捨つる。」と打ち明ける。
驚いた本蔵は機転を利かして師直に付け届けをして裏から手を回したので、若狭助へのいじめは止む。
しかしそのため、師直の矛先が塩治判官=浅野に向いてしまう。
原作では、桃井若狭助はラストにもう一回出番があり、討ち入りのあと師直の首を取って一同引き揚げている場面で登場する。

十一段(花水橋引き揚げの場)
一同は師直の館を引き揚げ、判官の墓所のある光明寺(=泉岳寺)へと向う。その途中、花水橋(=両国橋)で騎馬の桃井若狭助と出会い、若狭助は一同の労をねぎらう。そして師直の弟・師安の手勢が攻めて来るので菩提寺へ退避せよ忠告する。由良助たちはその言葉に従い後のことは若狭之助に任せて光明寺(=泉岳寺)へと立ち退く。光明寺での焼香の場面を最後に幕。
原作の最後の「花水橋引き揚げの場」は、歌舞伎では嘉永2年9月、江戸中村座で初めて上演されたらしいのだが、今回の文楽で桃井若狭助が最後に登場し演じられるか否かは、秋の公演の楽しみにしている。

ところで、
「文楽」の名のもとになった人形芝居の興行主・植村文楽軒(本名:正井嘉兵衛)が父方の一族であり、
『太平記』に出てくる南北朝時代に生きた若狭国の守護・桃井播磨守直常が高祖母・小杉としの先祖であり、
その文楽の『仮名手本忠臣蔵』の舞台に桃井直常の弟・桃井直信がモデルとして登場し主要な役割を演じるのをみて、観劇中何か今は、南北朝時代なのか江戸元禄の頃なのか現代なのか、不可思議な時間空間の中にいるのを感じたのだった。

参考:文楽 床本集 、プログラム
   wikipedia仮名手本忠臣蔵など

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