テーマ:先祖調査

龍馬暗殺時に遺されたピストル

当時でも入手可能な拳銃の種類は多いが、 龍馬が寺田屋で使用した拳銃は、弾を込める場面などから、スミス&ウェッソンの拳銃に絞られる。 幕末日本で入手できそうなS&W拳銃の各々の特徴と画像は以下の通り。 ①S&W モデル1、 1857年に開発 シングルアクション式リボルバー拳銃。S&W社の第一号。 口径:22(0.22インチ、…
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太平記のなかの桃井直常

昨年から、南北朝期を大河ドラマで初めて描いた「太平記」を観ている。 初回放送は1991年1月6日から12月8日の期間に行われ、今回はコロナ禍の中、再放送された。 大河ドラマとしては、 100年続いた北条政権の専制や退廃した鎌倉幕府に対し、倒幕の挙兵をした後醍醐天皇に呼応しつつも、内乱を繰り返しながら、室町幕府を開いた足利尊氏の…
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11月15日

旧暦の11月15日は龍馬が亡くなった日だ。 この龍馬の死を三吉慎蔵はどのように思っていたのだろうか。 二人は、慶應二年の正月に初めて会い、その23日には寺田屋にて幕府の捕吏との闘いから辛くも逃げおおせた。 このとき、慎蔵は、 ①共に戦い負傷した龍馬を肩にかけ遁れる(慎蔵日記) ②薩摩藩邸に走り動けない龍馬を救出する(慎蔵日…
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慶喜の大坂城脱出

鳥羽伏見の戦いの最中に、徳川慶喜が大坂城を脱出した。 このことを、月岡芳年や長谷川貞信が「徳川治蹟年間紀事 」のシリーズの錦絵のなかで描いている。よく知られた画題「十五代 徳川慶喜公」だが、二人の錦絵はよく似た構図になっている。 この錦絵は、右端の開陽丸にこのとき蒸気役一等(機関長)として先祖の小杉雅之進が乗船しているので、気になる…
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三吉慎蔵談話の要

ある調査をするのだけれど、この書を取っ掛かりに進めたいと思う。 中には何か所か、慎蔵の記憶違いか聞き手の聞き間違いかの箇所があるが、それも面白い。  三吉慎蔵時治氏談話ノ要 八月十三日豊浦毛利邸ヲ訪ヒ三重盛二氏ニ面談翌十四日ニ於テ林洋三氏ト會合ノ事ヲ約シテ去ル 帰路三吉慎蔵氏ヲ訪フ其對話ノ要左ノ如シ 問 坂本龍馬ト御交…
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彰義隊慰霊祭

今日は5月15日。 5・15事件の日だが、僕にとっては上野戦争の日。 以前、この日にあるお寺を訪ね、そのあと、お世話になった礼状を出させていただいた。 ――――――――――――――――― 先日午後、お参りをさせて頂いた者で正井と申します。その節は柵内にも入れさせて頂き大変有難うございました。 私には高祖父に彰義隊士と長府藩士が…
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ブックカバーチャレンジ 7日目

僕が影響を受けた本を中心に紹介いたします。 最後は、帆船海王丸での遠洋航海と、東海道19日間連続歩破の、各々の教材と案内書です。 紹介は1冊らしいのですが、海と陸それぞれ僕には同じ大冒険で参考にした書なので、両方を同時に紹介したいと思います。 それは、財団法人海技教育財団『海王丸体験航海テキスト』と、風人社『ウォークマップ ホ…
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ブックカバーチャレンジ 6日目

僕が影響を受けた本を中心に紹介いたします。 下関市立長府博物館『企画展 三吉慎蔵と坂本龍馬』 本というより図録ですが、まあ、一般図書ということで。 この題名の展示会が開催されたのが2001年なので、まだ在職中で経営企画室長に任命された頃だったと思う。 実は仕事も忙しくまた面白かったので、展示会拝見のあともまだまだ幕末趣味…
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三吉慎蔵の孫・梅子

今日は河島(旧姓三吉)梅子の祥月命日 昭和56年(1981)に86歳で亡くなっている。 『三吉慎蔵日記』の明治27年5月1日の条に、下関長府にて「トモ、女子出生」とある。 山口長府の江下で生まれている。 慎蔵の娘・トモは三吉家を分家し、乃木希典の幼馴染の桂弥一の紹介により、明治25年1月7日に山本玉樹を婿に迎える。 三…
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史書を訪ねて 漂巽紀畧

今週の史書を訪ねては、幕末の日本人として稀有な体験をし、当時最先端の西洋を見聞してきた土佐の中濱万次郎(ジョン万次郎)の口述筆記、「漂巽紀畧」。 内容は、 ジョン万次郎らが天保12年(1841)に漂流してから、米国船に救助されて渡米、約11年後の嘉永4年(1851)に帰国するまでの経緯や、米国での生活・文化が書かれている。 帰…
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本能寺の「能」の字

大河ドラマ「麒麟がくる」第5回目放映で、早くも本能寺が登場した。 明智光秀の生年は不明なので今回のドラマの年代はややあやふやだが、舞台は天文17年秋(1548)としている。 本能寺は、 1415年に先祖になる桃井播磨守直常の曾孫・日隆が「本応寺」を創建したことに始まる。 1418年に妙本寺宗徒により破却され、1429年に山本…
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霊山の墓

個人的に気がかりなことある。 幕末の志士がここに神葬祭で葬られたいと望んだ、京都霊山。 明治になってから整理され、山口関係は一つの区画に墓石が立ち並んでいる。 その中にL字型に整然と並ぶ一角がある。 L字型の中心に船越清蔵守愚の墓を据え、長州各藩士の墓が広がる。 船越清蔵は、霊山で最初に神葬祭で葬られた清末の国学者で、…
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史書を訪ねて 続日本紀

今日の史書を訪ねては、「続日本紀」 古代国家が正史として編纂した六つの史書「六国史」のなかで、「日本書紀」に次ぐ2番目の史書。 藤原仲麻呂の発議で編纂され始めたが、記事ではこの「藤原仲麻呂の乱」について書いている。 僕の関心事は、なかでも巻第三十七から第四十の桓武天皇の時代。   桓武天皇 とくに、延暦八年十二月に桓武…
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史書を訪ねて 日本誌

1年ほど前の「史書を訪ねて」は、ケンペルの『日本誌』だった。 記事は、『日本誌』の中身の紹介とともに、影響を受けたカントの『永久平和のために』や、幕末では熟読して来航したペリーにまで話が及んでいる。 ただ、この史書の成立については触れられていない。 ケンペルは、元禄3年(1690)、オランダ商館付の医師として、約2年間出島…
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史書を訪ねて 武市瑞山關係文書

昨日の読売の夕刊「史書を訪ねて」は、武市瑞山關係文書だった。 紙面の解説に、剣術修業に江戸に出向いたことが書かれているが、どこの道場かまでは記述がない。 武市が安政3年(1856)に土佐から岡田以蔵らを伴って江戸に出たときは、斎藤弥九郎の練兵館(神道無念流)、千葉周作の玄武館(北辰一刀流)と並んで桃井春蔵の士学館(鏡新明智流…
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史書を訪ねて 復古記

先週の「史書を訪ねて」で、取り上げられていたのは『復古記』 『復古記』は慶應3年(1867)の大政奉還から戊辰戦争最後の箱館戦争終結までを扱う。各家の家記の抜粋などから同じ出来事を多角的に記述してはいる。 僕にとって興味深いのは、東叡山戦記と蝦夷戦記。 東叡山戦記では彰義隊側の『斃休録』も採用し、蝦夷戦記では旧幕府側の小杉雅之…
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史書を訪ねて 大内義隆記

昨年12月には、読売新聞夕刊の「史書を訪ねて」の記事にて、『大内義隆記』を取り上げていた。 なかなかに珍しい書物の紹介だと思う。 また年末には、新日本風土記で、西の京とも呼ばれる山口を取り上げていた。大内氏の故郷だ。 2年前の再放送だが、画面に釘付けになってみていた。 僕にとっては山口というと、毛利氏以上に大内氏により親しみ…
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ホテルニューグランド

先日1/4にTVで「新 美の巨人たち」を拝見した。 横浜の老舗ホテル「ホテルニューグランド本館」が取り上げられている。 ホテルニューグランドは、大正末期の本館の建設、昭和~平成のホテル経営、新館のタワー建設の各々の段階で各先祖縁者が関わったことがあり、とても親近感があるホテルなのだ。 このホテルが建ったのには理由がある。 外…
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「京都ぶらり歴史探訪」寺田屋事件

BS朝日の「京都ぶらり歴史探訪」を拝見した。 一昨日1/7の放送は「歴史は冬に作られた!」で、様々な事件を取り上げていた。全体的には史実に基づいた内容が大半なのだが、寺田屋事件については疑問符がつく。 ま、主題は龍馬とお龍で、お龍が龍馬の命の恩人であることを強調して描くためとは思うが、一部に残念な内容もある。 ご存知のように、…
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小杉家資料の記憶と記録 その3

小杉家には刀剣が何本かあるが、そのうちの2本を紹介したい。 一つは、備州長船祐定、大永四年八月日と刻む。     来歴は今となっては残念ながら分からない。 18歳の小杉雅之進が咸臨丸で渡米した際に、持参した刀と思いたい。    渡米時の小杉雅之進  一つは、脇差で、藤原国包。 こちらの来歴は、書き物はないが推定はできる…
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小杉家資料の記憶と記録 その2

昨年、小杉辰三が創設に関わった神戸製鋼所の操業時の資料を、神戸製鋼所ヘ譲渡した。 神戸製鋼所は先の大戦と時の空襲により史料は灰燼に帰しているので、今後あらたな社史を編纂するときに役に立つはずだ。 小杉辰三は慶応4年戊辰に、仙台藩烏組隊長・細谷十太夫の三男に生まれた。            細谷十太夫 戊辰戦争のおり、榎本艦隊…
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小杉家資料の記憶と記録 その1

昨年、東京製綱所の創業時代の史料を、東京製綱所に譲渡した。 該社からは、当社にもない貴重なもの、と感謝される。 小杉家の資料を整理していて、ある図面と定款を見つけた。 図面には東京製綱株式会社小倉分工場と判があり、定款には「浅野小倉製鋼所定款」との表紙がある。 図面は、「Wall box & shafts」と記され、ワイヤロ…
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『仮名手本忠臣蔵』

先日、春夏秋の3回に分けて通しで演じられた『仮名手本忠臣蔵』十一段全段を鑑賞し終えた。 全段で10時間は越えている。庶民の喝さいを浴びた、これだけの作品をよくぞ江戸時代に作ったものだと感心した。 この『仮名手本忠臣蔵』は、僕にはとても意義あるものだった。 昨年8月に初めて文楽を観る機会があり、その時初めて、文楽の名のもとになっ…
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「世界津波の日」

昨日11月5日は「世界津波の日」だった。 和歌山県広川町の故事「稲むらの火」にちなんで制定された「世界津波の日」の5日、県内外各地で災害に備えた訓練があった、と各メディアで報道された。 この記念日の制定の経緯は以下の通り。 幕末の嘉永7年11月5日(1854年12月24日)に、安政南海地震が発生した。 この地震で発生した津波…
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山国隊の復活

昨日は、京都にて山国地域と山国隊の歴史についての展示を拝見し、講演会を拝聴してきました。 昨年は明治150年の節目の年で、戊辰戦争で活躍した山国隊が再び日の目を見た年でした。 明治28年(1895)に、平安遷都千百年記念祭の開催にあたり、実質的な実行責任者の西村捨三はその催しの一つとして時代祭りを企画した。その後の時代祭でも、山…
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西宮砲台のその後

西宮砲台の修復状況を確認してきた 本来は9月最後の日曜日なので、1年に一回の内部公開の日なのだが、 昨年の9月4日の台風21号によって、砲台も大きな被害を被り、昨年から内部公開はしていない。 台風通過後も、夙川河口では東西の波打ち際から防潮堤まで、香櫨園浜の広い範囲で高潮暴風による漂着ゴミが打ち揚がり、台風の爪痕を残した。 幕末…
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本能寺の絵図面

11月に、日米修好通商条約の勅許奉請に関する史跡めぐりがある。 昨日はその下調べのため京都寺町の本能寺を訪ねた。 本能寺は、使節の正使・老中首座堀田正睦の宿舎であり、また朝廷との交渉の場だった。 とりあえず僕が知りたいのは、 交渉が行われた安政5年(1858)の本能寺の敷地と建物の、当時の姿。 実は、10日ほど前にも本能寺…
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幕臣の小杉直吉・雅之進兄弟の生き方

今月8月は、21日が小杉雅之進、24日が小杉直吉の祥月命日。 小杉家は、南北朝時代の越中守護、桃井播磨守直常を始祖とする。  絵には「ももい なをつね」とあるが、正しくは「もものい ただつね」 直常の6代あとの桃井三郎四郎直宣の嫡子に、桃井尚芳(なおよし)が生まれる。 小杉村に潜居していた尚芳は、元和3年(1617)に加…
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船越清蔵の知名度

幕末の船越清蔵を調べているのだが、 なかなか書かれたものが少なく、評伝としての堀哲三郎『船越清蔵先生』が良本といえるのだろう。 この本には、三吉慎蔵との関係は特には記述がないのが残念だが、 小坂土佐九朗の二男として三吉家に養子に入った慎蔵は、養母喜久との縁で、船越清蔵とは縁続きになる。 その船越清蔵は、萩本藩の支藩清末藩に生…
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文楽の『仮名手本忠臣蔵』

昨日の読売の文化欄に「文学 文楽 うその世界へ」と題し、直木賞受賞の大島真寿美さんと人形遣いの桐竹勘十郎さんの対談が載っている。 大島さんは4年前に初めて文楽「妹背婦女庭訓」を観劇する。そのとき、人形遣いの桐竹勘十郎さんの操る「お三輪」に衝撃を受け、『渦 妹背婦女庭訓 魂結び』を書く。これが第161回直木賞に輝いた。 なかなかいいお…
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