テーマ:天誅組・生野・天狗党

魁(さきがけ)

天誅(忠)組の義挙は、明治維新の魁(さきがけ)とよくいわれる。 「魁」を辞書で引くと以下のように説明がある。 [音]カイ(クヮイ) [訓]さきがけ ① 人の長となる人。かしら。頭領。首領。首長。首魁。「魁首/巨魁・首魁」〔書経‐胤征〕 ② 堂々として大きい。「魁偉・魁傑」 ③ 他の者の先頭を行くこと。 他に先んじること…
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生野挙兵での小山六郎の役割

今月発行の『歴史人』6月号は「幕末の事件史」の特集号で、その一つとして生野の変を扱っている。 全体の記述は、時系列が逆であったり、事実と異なる記述が目につく。 参考に「生野の変 主な決起メンバー」のリストが掲載されているが、澤宣一・望月茂共著の『生野義挙と其の同志』昭和7年に依っているようだ。 実は前から不思議に思っていたのだ…
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『 幕末維新全殉難者名鑑 』

戊辰戦争の殉難者を調べるため、1986年に出版された『幕末維新全殉難者名鑑』を見てみた。 特に関心があるのは会津藩についてなのだが、縁者の松平勇雄が名鑑の推薦者にいるのに記載には間違いが散見される。 たとえば、 ●安積運次郎 名鑑に記載漏れ。鳥羽伏見の戦いで捕虜、京都獄中で死亡。 ●在竹五郎太 名鑑に記載。殉難者名籍にあり、…
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船越清蔵と小山六郎、および澤主水正宣嘉

船越清蔵は、長州清末の国学者であり、京・大津に住んで尊王家として活躍した。 小山六郎は、世を憂う但馬の豪農の一人として生野の変に参加し、破陣後長州へ遁れ長州の内戦などに参加する。 全く異なる二人だが、接点が一つだけある。 澤主水正宣嘉だ。 船越清蔵は、文久2年(1862)8月8日に、萩にて藩主に御進講をした後、故郷に帰る帰途…
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小山六郎による生野義挙の覚書

2年前に、マツノ書店から『維新日乗纂輯』全5巻が復刻された。 第二巻には先祖の小山六郎の「但馬義挙実記」も収められている。 生野義挙の参加者の手記なので、元々は一次資料といってもよいのだろう。生野義挙の研究にはまず参考資料となるのだが、復刻を契機に小山六郎を知ってもらえればこんなうれしいことはない。 生野義挙については…
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越前福井にて天狗党を訪ねる

今年は、元治元年(1864)3月27日に「天狗党」が挙兵して150周年にあたる。 それを記念し、天狗党が西上途中で降参し壊滅した越前福井にて、県文書館「水戸天狗党 敦賀に散る」展が開催されている。先日、展示品を拝見し、福井での天狗党のゆかりの跡を訪ねてきた.。 天狗党の挙兵は、幕末3大義挙として、天誅組や生野の変と並び称せられて…
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生野義挙150年記念イベント

11/23に朝来市生野で開催された生野義挙150年の記念式典に参加した。翌日は山口護国神社での墓前祭に参列し、そのあと、用意された史跡めぐりで通常は非公開の屋敷の見学をする機会に恵まれた。 11/23は、 第1部: 記念式典、 第2部: 児童劇「ふるさと生野物語」、      舟久保藍さんの講演「天誅組と生野の変」、     …
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生野義挙の檄文

今年は生野義挙から150年になる。 朝来市と生野町では、この節目の年を記念し以下のイベントを計画している。 11/23(土、祝日) 13:30記念式典、15:00記念講演 11/24(日)     9:30墓前祭、史跡巡り 講演者は昨年のプレイベントと同じく一坂太郎氏で、墓前祭は山口護国神社で行われる。 節目の年だからと…
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生野義挙の小山六郎

3年前ほど前から、幕末の頃の先祖の調査を本格的に開始した。 まずは母方の先祖から始めたのだが、幕臣・長府藩士とその縁者等、調べる対象は多岐にわたっている。 実際には、三吉慎蔵以外はまだ殆ど調査が進んでおらず、慎蔵についても調べが進めば不明なことが多くなるのが実情で、そんな中、今年6月から父方の先祖も調べ始めてしまった。 父が9…
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