テーマ:咸臨丸・開陽丸・幕末軍艦

福澤諭吉の書簡

咸臨丸で渡米した乗組員で、のちに活躍する人物は多い。 木村摂津守喜毅、勝麟太郎、小野友五郎、松岡磐吉、赤松大三郎、肥田浜五郎、中濱万次郎、福澤諭吉などなど、名前を列挙するのに遑がない。 その中でも、明治時代にわたって活躍した勝麟太郎と福澤諭吉はよく聞く名前だ。 福澤諭吉を知るには、勝麟太郎と同じく、膨大な史料が残っている。幕末…
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帆船海王丸での航海

昨日4/7は、僕には特別な日だ。 もちろん小学校の入学式の日でもなく、緊急事態宣言の発令日でもない。ちょうど10年前の2010年の今日、北太平洋を渡る大冒険に出発した日なのだ。 この時僕は前日4/6に、東京湾の船の博物館の前に接岸していた帆船海王丸に乗りこんだ。4/6は事前の研修日で当航海のオリエンテーションが行われ、その晩は初…
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史書を訪ねて 漂巽紀畧

今週の史書を訪ねては、幕末の日本人として稀有な体験をし、当時最先端の西洋を見聞してきた土佐の中濱万次郎(ジョン万次郎)の口述筆記、「漂巽紀畧」。 内容は、 ジョン万次郎らが天保12年(1841)に漂流してから、米国船に救助されて渡米、約11年後の嘉永4年(1851)に帰国するまでの経緯や、米国での生活・文化が書かれている。 帰…
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小杉家資料の記憶と記録 その1

昨年、東京製綱所の創業時代の史料を、東京製綱所に譲渡した。 該社からは、当社にもない貴重なもの、と感謝される。 小杉家の資料を整理していて、ある図面と定款を見つけた。 図面には東京製綱株式会社小倉分工場と判があり、定款には「浅野小倉製鋼所定款」との表紙がある。 図面は、「Wall box & shafts」と記され、ワイヤロ…
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本能寺の絵図面

11月に、日米修好通商条約の勅許奉請に関する史跡めぐりがある。 昨日はその下調べのため京都寺町の本能寺を訪ねた。 本能寺は、使節の正使・老中首座堀田正睦の宿舎であり、また朝廷との交渉の場だった。 とりあえず僕が知りたいのは、 交渉が行われた安政5年(1858)の本能寺の敷地と建物の、当時の姿。 実は、10日ほど前にも本能寺…
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幕府軍艦 開陽丸

今年は、箱館戦争終結150年になる。 一連の戊辰戦争の最後の戦いが、五稜郭の旧幕府軍の降伏で幕を閉じたのだが、 この戦いでの旧幕府側の大きな損失は、当時の最新鋭軍艦・開陽丸の江差沖座礁沈没であった。 オランダで建造されて進水4年目、横浜に回航されて3年目に沈み、活躍の機会は少なかった。 2015年に、この開陽丸建造150…
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会津と咸臨丸

縁と云うのはおもしろいものだ 2015年6月に、黒谷金戒光明寺にて京都会津会主催で第110回の法要が行われた。 この時は110回の節目なので、わだかまりを解きたいとして長州関係者にも声をかけての大々的な法要だった。 その直会の席のことだが、僕の前に母娘が座っておられた。 お互い自己紹介してみると、関東から来られたという。 …
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夏目漱石の甥、夏目小一郎

昨日、咸臨丸子孫の会が原宿の東郷神社横のクラブ水交にて開催された。 懇親会のなかでAさんの紹介を受け、お話を聴くと先祖の方が一高で夏目漱石に教えを受けたとのこと。 そういえば僕の家系に漱石の甥がいたと話したのだが、名前が思い出せない。 歳はとりたくないものだ。 漱石の甥とは、漱石の兄直矩の長男小一朗の事で、思い出すのに時…
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本能寺と咸臨丸

先日、京都での日米修好通商条約勅許奉請の使節の史跡めぐりに参加した。 使節の正使・老中首座堀田正睦の宿舎は寺町の本能寺で、ここが朝廷との交渉の場だった。 通商条約関係でこの場所を訪ねたとき、実は因縁めいたものを感じたのだった。 本能寺を創建した日隆上人は、高祖母小杉としの実家・小杉家と縁続きになる。通商条約の批准書交換の遣米使…
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ディアナ号の大砲 その3

以前、沈没したディアナ号の大砲がどうなったのか調べたことがあった。 奈木盛雄『駿河湾に沈んだディアナ号』(2005年)によれば、先行研究には以下のものがあり、内容も詳しく紹介している。 ①肥田喜左衛門 「下田帖43号」(平成10年) ②斉藤利生「露艦ディアナ号の遭難とその備砲」(防衛大学校紀要44輯、昭和57年3月」 ③斉藤…
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旧東海道を歩く 13日目(12/5) 府中~蒲原

府中宿から、江尻宿、興津宿を通り、薩埵峠を越えて由比宿に入り、蒲原宿まで歩く。 いろんな意味で薩埵峠が楽しみなコース。 0820府中宿を出立、但し時間の都合で東静岡の先までは早駕籠に乗る。 従って、西見附から東見附の間の3.6キロある府中宿はゆっくり歩いていないため、西郷隆盛・山岡鉄舟会見所や、久能…
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旧東海道を歩く 4日目(11/26) 関~四日市

関宿を出立し、亀山宿、庄野宿、石薬師宿を通って、四日市まで31キロを歩く。 昨日と違ってほぼ平地を歩く。単調な平地の遠距離ウォーキングは意外と難しい。 関は、伊賀と伊勢、さらには近江をつなぐ要地(伊勢別街道)として開けた。鎌倉時代から関所が設けられていたが、織田信長が関所の制を廃した。難所と言われた鈴鹿峠の下にあり、かつ交通の要…
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オランダ訪問 その5 ライデン

11/1(日) 目的:ライデンにあるシーボルトの日本関係史料を拝見し、留学生の足跡を訪ねる 最高気温は17℃、服装は、長袖とチョッキで通した。 0530 起床、まだ暗いがアムステルダムの街を早朝散歩する。 日曜日だからなのか、自動車も自転車も人もいない。オランダは自転車天国で、自動車道路の右側に一方通行の自転車道路が整備されて…
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オランダ訪問 その4 航海訓練海域

10/31(土) 北海沿岸方面を廻りアムステルダムへ移動 目的は、開陽丸に機材搬入した場所と、航海訓練した海域を見学すること 気温は最高17℃、アムステルダムは夜は10℃、 服装は長袖にチョッキ、夜はコート着用した。 0600 起床、今日ホテルを発つので、荷造りしてから散歩。 0700 朝食 0840 荷物回収のため…
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オランダ訪問 その3 開陽丸建造・記念式典

10/30(金)  今日の目的は、開陽丸建造150年の記念展示拝見、進水場所での記念碑除幕と、ドルトレヒト市が主催する式典参加 絵は、進水の場面 この時綱が切れ、向かいの岸辺まで船が止まらず、浅瀬に乗り上げてしまい、離脱は満潮まで待つことになる。 開陽丸は、1860年11月2日に進水したので、式典はその近くの10月30日に設…
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オランダ訪問 その2 咸臨丸建造地・キンデルダイク

10/29(木) 目的は、世界遺産の風車群の見学と、咸臨丸を建造した造船会社の訪問 気候は8~16℃. 服装は、気温変化に順応できるように長袖シャツに、チョッキ、薄手のジャンパーを着用した。 0600 起床、ホテルの周りを散策 宿泊したホテルは、田舎のホテルかと思っていたが、実に近代的なホテルだった。      ホ…
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オランダ訪問 その1 出発

幕府軍艦「開陽丸」がオランダで建造されて、今年は150周年になる。 造船所のあったドルトレヒト市が記念式典を企画し、「開陽丸子孫の会」が招待された。メンバーの一人としてこのイベントに参加してきたので、記録しておく。 10/28(水)オランダへ出発 オランダの気候は、予想では本日最高16℃ 旅行時期がちょうどオランダの秋か…
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品川沖の榎本艦隊その2

「榎本艦隊最後の雄姿」との題で写真が載っている「別冊歴史読本ビジュアル版」(昭和63年)を入手した。 この写真は、『幕末・明治の日本海軍』に掲載されている写真や、Wikipeia「榎本武揚」に掲載の写真の元になったもので、説明には、「この写真は幕臣松尾一化子旧蔵の紙焼きを所持していた造船史の権威・故山高五郎氏から海事評論家の飯盛汪…
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品川沖の榎本艦隊

『幕末・明治の日本海軍』に掲載されている写真がある。 榎本艦隊が沖合に停泊している様子を撮影したものとされる。 Wikipedia「榎本武揚」などにも、同じ写真が掲載されており、手前に浜辺らしきものまで写っているのでWikipediaの掲載写真の方がオリジナルに近いと思われる。 『幕末・明治の日本海軍』やWikipedia「榎…
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幕府軍艦・咸臨丸の絵

咸臨丸を描いた絵は、 実に多くあるが、一点不思議なことがある。 咸臨丸を建造したオランダで発見された咸臨丸の総帆画をみると、マストが3本。 船首側から、フォア・マスト、メイン・マスト、ミズン・マストと呼ぶ。 フォア・マストと、メイン・マストは一本の木でできているのではなく、各々3本の木をつなぎ合わせて成っている。木は下から2本…
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幕府軍艦・咸臨丸の写真

咸臨丸の写真は、あるとも、ないとも言われているが、明確ではない。 取りあえず調べたことを中間報告としておきたい。 咸臨丸については、文倉平次郎が半生をかけて調査し纏めた名著『幕末軍艦咸臨丸』がある。 文倉は、これが咸臨丸だとして、本編巻頭に絵を載せている。      <写真1 巻頭の絵> この絵について、「第二編 第…
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小杉雅之進の写真

11/6、開陽丸子孫の会による主催で横浜開港資料館を訪れたおり、資料館の協力を得て、寄託されている先祖の史料を拝見する機会に恵まれた。 その中の一つに、小杉雅之進の写真があった。 小杉雅之進の18才の写真で、長崎海軍伝習所で三期生として当時の先端技術である蒸気機関について学んだあと、蒸気方見習士官として咸臨丸で渡米しサンフランシ…
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美嘉保丸遭難の余波

幕臣で海軍士官だった山田昌邦について、facebookで話題になり、気になって調べてみると、僕が従来より伝聞で聞いたことは間違っていた事が判明したので、記録しておきたい。 小杉雅之進は、仙台藩士で鴉組隊長の細谷十太夫の三男・辰三を養子にする。         晩年の小杉雅之進         三十代前半の小杉辰三細谷十太夫は、…
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咸臨丸フェスティバルと史跡巡り

横須賀市主催の第15回咸臨丸フェスティバルが、4月27日(土)に開催された。 開催趣旨は、横須賀市によれば、 1860年に我が国の軍艦として初の太平洋横断に成功した咸臨丸乗組員の偉業を偲び、その壮挙を顕彰するため、 とある。 開催場所は例年と同じ、住友重機械工業(株)浦賀工場の敷地内で、横須賀市が並々ならぬ力を入れているのが…
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日米修好通商条約関連と幕末史跡めぐり

先日、咸臨丸フェスティバルが横須賀浦賀で開催された。 毎年開かれているのだが、僕は今年初めて参加した。 その前日に、咸臨丸がそもそもサンフランシスコまで北太平洋を横断することになった原因である、日米修好通商条約関係の東京史跡巡りをすることにした。 コースは、光林寺 --> 善福寺 --> 中之橋 --> 赤…
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ディアナ号の大砲その2

弁天岬台場の大砲について市立函館博物館に問い合わせたところ、わざわざ関連の史料を送って頂いた。 『亀田御役所五稜郭弁天岬御台場御普請御用留』(東大史料編纂所蔵)の一部のコピーと、『函館市史 通説編第二巻』 P93-P95のコピー 『御普請御用留』の中で頂戴したのは、以下の5つの史料、 ①ディアナ号の砲52門を拝借したいとの…
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ディアナ号の大砲

最近、幕末のロシア軍艦ディアナ号の名前をよく目にする。 ディアナ号は、幕末に日露交渉のためにプチャーチン提督一行を乗せて日本にやって来たが、交渉場所の下田で東海沖地震に遭い、発生した津波で被害を被る。 大砲52門などを揚陸したあと、クリミヤ戦争で英仏艦隊が日本沿岸に出没していたことから、天然の要害の戸田村で隠れて修理するために下…
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海王丸の遠洋航海

幕末の軍艦の中でも幕府軍艦・咸臨丸と開陽丸に関心がある。共に蒸気機関を備えた帆船である。 現在の日本の帆船では、大きさから、咸臨丸は大阪市所有の「あこがれ」、開陽丸は航海訓練所の「海王丸」「日本丸」に勝手に比定している。 2010年は、遣米使節派遣150周年の節目の年で、それを記念して企画された海王丸による咸臨丸の航跡を辿る航海…
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米軍横須賀基地の幕末史跡

先日、米海軍横須賀基地にて、日本で最も古いドライドックなどを見学する機会があった。 基地の歴史に詳しい日本語が達者な米軍人2人に案内いただいた。                     横須賀基地の歴史は、 慶応元年(1865)、江戸幕府による横須賀製鉄所の建設開始まで遡る。 明治4年(1871)に最初のドックが完成し、横…
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咸臨丸子孫の会静岡旅行 2日目

10/30は、沼津市戸田で戸田造船郷土資料館を拝見し、伊豆の国市韮山では反射炉と江川邸を見学した。 たたみの宿「湯の花亭」を9時にバスで出発し、戸田に向かう。 戸田湾への途中で、ガイドをしていただく山口展徳氏が乗り込まれる。 山口氏は、本業が戸田の大工の棟梁。船大工が夢で日本とロシアの友好交流にも関心があり、ヘタ号を再…
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