ブックカバーチャレンジ 3日目

僕が影響を受けた本を中心に紹介いたします。 ディヴィッド・バーガミニ『天皇の陰謀』 衝撃的な書名にまず驚かされる。 著者は、日本に生まれ育ち、戦争中は漢口、上海、フィリッピンにいたが、第二次大戦後、日本語資料を収集しまたインタビューを駆使し、「戦後」が終わろうとしている昭和47年‎に、その7年間の成果を世に問うた大作。 …
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ブックカバーチャレンジ 2日目

僕が影響を受けた本を中心に紹介いたします。 林尹夫 『わがいのち月明に燃ゆ -1戦没学徒の手記』 確か、大学1年の時に初めて読み、愛読した本。 第三高等学校に入学してからの昭和15年4月6日より、京大入学、学徒徴兵を経て、19年7月14日に意識的に終えるまでの日記で、また、学徒徴兵で入団中に昭和20年7月28日に四国沖で散華す…
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ブックカバーチャレンジ 1日目

読書文化普及に貢献する7日間ブックカバーチャレンジの依頼を頂きました。 僕が影響を受けた本を中心に7回に分けて紹介したいと思います。 最初は、 C.W.ツエーラム『神 墓 学者 -考古学の物語』 同じ著者の『狭い谷、黒い山 ーヒッタイト帝国の発見』、『最初のアメリカ人』とともに、考古学に興味を持つきっかけになった本。 …
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三吉慎蔵の孫・梅子

今日は河島(旧姓三吉)梅子の祥月命日 昭和56年(1981)に86歳で亡くなっている。 『三吉慎蔵日記』の明治27年5月1日の条に、下関長府にて「トモ、女子出生」とある。 山口長府の江下で生まれている。 慎蔵の娘・トモは三吉家を分家し、乃木希典の幼馴染の桂弥一の紹介により、明治25年1月7日に山本玉樹を婿に迎える。 三…
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帆船海王丸での航海

昨日4/7は、僕には特別な日だ。 もちろん小学校の入学式の日でもなく、緊急事態宣言の発令日でもない。ちょうど10年前の2010年の今日、北太平洋を渡る大冒険に出発した日なのだ。 この時僕は前日4/6に、東京湾の船の博物館の前に接岸していた帆船海王丸に乗りこんだ。4/6は事前の研修日で当航海のオリエンテーションが行われ、その晩は初…
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史書を訪ねて 漂巽紀畧

今週の史書を訪ねては、幕末の日本人として稀有な体験をし、当時最先端の西洋を見聞してきた土佐の中濱万次郎(ジョン万次郎)の口述筆記、「漂巽紀畧」。 内容は、 ジョン万次郎らが天保12年(1841)に漂流してから、米国船に救助されて渡米、約11年後の嘉永4年(1851)に帰国するまでの経緯や、米国での生活・文化が書かれている。 帰…
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本能寺の「能」の字

大河ドラマ「麒麟がくる」第5回目放映で、早くも本能寺が登場した。 明智光秀の生年は不明なので今回のドラマの年代はややあやふやだが、舞台は天文17年秋(1548)としている。 本能寺は、 1415年に先祖になる桃井播磨守直常の曾孫・日隆が「本応寺」を創建したことに始まる。 1418年に妙本寺宗徒により破却され、1429年に山本…
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史書を訪ねて 大隈重信国会開設奏議

今週の史書を訪ねては、「大隈重信国会開設奏議」 「明治十四年の政変」の発端になった、明治14年3月の大隈による国会開設の意見書。 明治政府は、近代国家への移行を進める中で、反政府運動としての自由民権運動を警戒しつつも、他方で立憲政導入の問題について諸参議に意見書を命じていた。 立憲政導入について、明治12年12月に山県有朋の建…
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霊山の墓

個人的に気がかりなことある。 幕末の志士がここに神葬祭で葬られたいと望んだ、京都霊山。 明治になってから整理され、山口関係は一つの区画に墓石が立ち並んでいる。 その中にL字型に整然と並ぶ一角がある。 L字型の中心に船越清蔵守愚の墓を据え、長州各藩士の墓が広がる。 船越清蔵は、霊山で最初に神葬祭で葬られた清末の国学者で、…
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史書を訪ねて 続日本紀

今日の史書を訪ねては、「続日本紀」 古代国家が正史として編纂した六つの史書「六国史」のなかで、「日本書紀」に次ぐ2番目の史書。 藤原仲麻呂の発議で編纂され始めたが、記事ではこの「藤原仲麻呂の乱」について書いている。 僕の関心事は、なかでも巻第三十七から第四十の桓武天皇の時代。   桓武天皇 とくに、延暦八年十二月に桓武…
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史書を訪ねて 日本誌

1年ほど前の「史書を訪ねて」は、ケンペルの『日本誌』だった。 記事は、『日本誌』の中身の紹介とともに、影響を受けたカントの『永久平和のために』や、幕末では熟読して来航したペリーにまで話が及んでいる。 ただ、この史書の成立については触れられていない。 ケンペルは、元禄3年(1690)、オランダ商館付の医師として、約2年間出島…
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史書を訪ねて 武市瑞山關係文書

昨日の読売の夕刊「史書を訪ねて」は、武市瑞山關係文書だった。 紙面の解説に、剣術修業に江戸に出向いたことが書かれているが、どこの道場かまでは記述がない。 武市が安政3年(1856)に土佐から岡田以蔵らを伴って江戸に出たときは、斎藤弥九郎の練兵館(神道無念流)、千葉周作の玄武館(北辰一刀流)と並んで桃井春蔵の士学館(鏡新明智流…
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史書を訪ねて 復古記

先週の「史書を訪ねて」で、取り上げられていたのは『復古記』 『復古記』は慶應3年(1867)の大政奉還から戊辰戦争最後の箱館戦争終結までを扱う。各家の家記の抜粋などから同じ出来事を多角的に記述してはいる。 僕にとって興味深いのは、東叡山戦記と蝦夷戦記。 東叡山戦記では彰義隊側の『斃休録』も採用し、蝦夷戦記では旧幕府側の小杉雅之…
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史書を訪ねて 大内義隆記

昨年12月には、読売新聞夕刊の「史書を訪ねて」の記事にて、『大内義隆記』を取り上げていた。 なかなかに珍しい書物の紹介だと思う。 また年末には、新日本風土記で、西の京とも呼ばれる山口を取り上げていた。大内氏の故郷だ。 2年前の再放送だが、画面に釘付けになってみていた。 僕にとっては山口というと、毛利氏以上に大内氏により親しみ…
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ホテルニューグランド

先日1/4にTVで「新 美の巨人たち」を拝見した。 横浜の老舗ホテル「ホテルニューグランド本館」が取り上げられている。 ホテルニューグランドは、大正末期の本館の建設、昭和~平成のホテル経営、新館のタワー建設の各々の段階で各先祖縁者が関わったことがあり、とても親近感があるホテルなのだ。 このホテルが建ったのには理由がある。 外…
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「京都ぶらり歴史探訪」寺田屋事件

BS朝日の「京都ぶらり歴史探訪」を拝見した。 一昨日1/7の放送は「歴史は冬に作られた!」で、様々な事件を取り上げていた。全体的には史実に基づいた内容が大半なのだが、寺田屋事件については疑問符がつく。 ま、主題は龍馬とお龍で、お龍が龍馬の命の恩人であることを強調して描くためとは思うが、一部に残念な内容もある。 ご存知のように、…
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小杉家資料の記憶と記録 その3

小杉家には刀剣が何本かあるが、そのうちの2本を紹介したい。 一つは、備州長船祐定、大永四年八月日と刻む。     来歴は今となっては残念ながら分からない。 18歳の小杉雅之進が咸臨丸で渡米した際に、持参した刀と思いたい。    渡米時の小杉雅之進  一つは、脇差で、藤原国包。 こちらの来歴は、書き物はないが推定はできる…
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小杉家資料の記憶と記録 その2

昨年、小杉辰三が創設に関わった神戸製鋼所の操業時の資料を、神戸製鋼所ヘ譲渡した。 神戸製鋼所は先の大戦と時の空襲により史料は灰燼に帰しているので、今後あらたな社史を編纂するときに役に立つはずだ。 小杉辰三は慶応4年戊辰に、仙台藩烏組隊長・細谷十太夫の三男に生まれた。            細谷十太夫 戊辰戦争のおり、榎本艦隊…
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小杉家資料の記憶と記録 その1

昨年、東京製綱所の創業時代の史料を、東京製綱所に譲渡した。 該社からは、当社にもない貴重なもの、と感謝される。 小杉家の資料を整理していて、ある図面と定款を見つけた。 図面には東京製綱株式会社小倉分工場と判があり、定款には「浅野小倉製鋼所定款」との表紙がある。 図面は、「Wall box & shafts」と記され、ワイヤロ…
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『仮名手本忠臣蔵』

先日、春夏秋の3回に分けて通しで演じられた『仮名手本忠臣蔵』十一段全段を鑑賞し終えた。 全段で10時間は越えている。庶民の喝さいを浴びた、これだけの作品をよくぞ江戸時代に作ったものだと感心した。 この『仮名手本忠臣蔵』は、僕にはとても意義あるものだった。 昨年8月に初めて文楽を観る機会があり、その時初めて、文楽の名のもとになっ…
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