薩摩藩蔵屋敷跡

田町駅前の再開発
僕の住んでいた場所が大きく変わる。
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報道によると、
三菱自動車本社があった第一田町ビルと隣の徳栄ビルの敷地に、高さ約150m、延べ約131,000㎡の超高層ビルが建設される。
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三菱地所設計が参画し、今年度に着工し、2022年度頃に完成する見込み。第一田町ビルの所有者は三菱重工で、徳栄ビルは徳栄商事。地権者は三菱重工と山田一族。
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第一田町ビルと、森永プラザビルの間のビルが徳栄ビル。
第一田町ビルと徳栄ビルの間(JR側)に僕の住んでいた平屋一軒家があった。今は徳栄ビルの立体駐車場に代わっている。
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ちょうど、「建設地」の文字が指している空間に住んでいた。

この超高層ビルが建つ予定の場所は、もと薩摩藩蔵屋敷があった場所になる。
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ここで、慶応4年、江戸城開城を巡り西郷と海舟とが江戸で2回目の会談をした。
僕は、この蔵屋敷のあった場所に、1960年の小学校6年から中学3年まで暮らしていた。
第一田町ビルの場所は、当時の三菱重工(株)自動車部があった場所で、大型トラックのトレーラーヘッドだけの大きな駐車場が隣接していた。その隣の徳栄ビルは、当時は製紙会社の倉庫で、大きなロール紙の一時保管をしていた。このトラック駐車場と製紙倉庫の間の敷地内にあった平屋一軒家(蔵屋敷のど真ん中)に、4年間暮らしていたのだった。
現在の第一田町ビルの正面の左端に、「江戸開城 西郷南州・勝海舟 会見之地碑」が建っている。これは、1954年に薩摩藩の蔵屋敷が在った場所に地元の本芝町會が建立した。
但し、当初碑の建立予定地は、第一田町ビルの隣の、徳栄ビル(当時は製紙会社の倉庫)の前であったが、搬入搬出のトラックの出入りに邪魔なるとの製紙会社オーナーの山田徳三氏の話を、当時の三菱重工自動車部の庶務課長が聞きつけ、それではこちらにいただきましょうと言って、第一田町ビルの端まで50メートル以上変更して、建立している。
宣伝効果を考えれば、三菱側に先見の明があったというべきだろう。
今回、二つのビルを壊し高層ビルを建てることによって、碑の存在意義が高まればそれに越したことはないが、昔を知っているだけに寂しくなることは否めない。

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