兼高かおるさんと 三吉友子

兼高かおるさんがお亡くなりになった。
「兼高かおる世界の旅」、僕の世代で知らない人はいないだろう。
心からお悔やみ申し上げます。
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ところで、兼高さんは香蘭女学校出身で、黒柳徹子の先輩になる。
香蘭女学校は歴史が古く、僕にも懐かしい学校だ。

明治初期に日本伝道を開始した英国国教会は聖ヒルダ伝道団を創設し、その事業の一貫として女学校の設立を図る。
明治20年(1887)香蘭女学校設立願いを出願し11月に認可される。
そして、明治21年3月に新聞に載った生徒募集の広告によると、香蘭女学校の場所は麻布区永坂町一番地島津候邸内とあり、その後新校舎をこの島津忠亮子爵(のち明治24年伯爵)邸内に一部借用して開校する。

三吉慎蔵日記によると、明治22年(1889)1月31日の項に、慎蔵の娘友子は昨年から在校していた「明治女学校を退校し、直ちに本日より麻布永坂一番地香蘭女学校へ入学す」とある。
日記には、前後の脈絡はなく、突然住まいの近くの香蘭女学校へ「直ちに」入学する。香蘭女学校の一期生は7人で、そのうちの一人となる。

友子は結婚したときはまだ香蘭女学校に在学していた。
香蘭女学校の初代校長が発行した月刊雑誌「日曜叢誌」第31号(明治25年発行)によると、
「香蘭女学校卒業式 五月十三日該校にては試業證書授与式を行ひたり今回卒業せられたる三好とも子は該校創立以来第一の卒業生なり」と記されている。
おそらく正規の卒業ではなく、結婚により、卒業を速めたものと思われる。

いずれにしろ、三吉友子は、香蘭女学校の最初の入学生であり、ただ一人の最初の卒業生であった。従って、兼高かおるや黒柳徹子の先輩にあたる。


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