「花燃ゆ」5月3日放送 お雛様

今回の放送で一番気に入っているのが、3月3日 桃の節句の場面
お雛様と内裏様が、古来からの陰陽の伝統に則って配置されている
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定年を前にして、無趣味だった僕は、無理やりいくつか趣味をこしらえた。
①先祖調査
②幕末の歴史研究
③史跡めぐり
④古写真研究
⑤お雛様の鑑賞
などなど

3月3日は、井伊直弼暗殺の日なのだが、僕の誕生日でもある。
誕生日の桃の節句から、お雛様鑑賞を趣味の一つにした。
まだまだ全国各地の蔵には江戸時代の御雛様が眠っている。
町起こしの一環で、蔵から出して、家の間に飾るイベントも、多く行われるようになった。
こんなときは、時代時代の御雛様が一度に観られるので、大変参考になる。
そんな中で、お雛様と内裏様の配置の配置に違いがあることが気になっていた。
明治時代に西洋化が進んでいく中で、昔の伝統が変わってしまったらしい。

日本は古来より、中国の影響を受け、陰陽の文化的素地があった。
この考えでは、北を背に南を向くと、左側の東が陽、右側の西は陰となる。
陽は男性で陰は女性とみて、
お雛様と内裏様の配置を、北を背にして内裏様は東(左)、お雛様は西(右)にする。

また、陽は陰に優るとして、左大臣を右大臣の位を上にして、お雛様の配置でも各々、左右に置く。
「左右」という言葉も、調べてはいないが、成立は陰陽からきているのかもしれない。
京都の左京区と右京区もこの観点からネーミングが決められている。

古来からのこの伝統は、しかし明治になり、イギリスに倣って変えられ、日本古来の配置が逆になってしまう。。
イギリス騎士道では右手に剣を持ち左手で女性を守る。
この男女の配置が皇室で踏襲され、大正以後はお雛様の配置にも反映されたらしい。
ただ、京都では古来の配置を今でも大事に踏襲している。

現在では伝統を守っているのは京都だけだが、日本全国で古来の伝統で配置してもらいたいものだ。


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