東軍慰霊祭雑感

毎年、戊辰戦争で亡くなった東軍戦死者の慰霊祭が、京都から東の各地の激戦地や遺骸などを葬ったお寺などで個別に行われている。
年間に行われる法要・慰霊祭の数はかなりの数に上る。

戦争が勃発した鳥羽伏見の京都の場合、よく知られているのは、
妙教寺ご住職による鳥羽伏見の激戦地と妙教寺での法要と、京都会津会主催で金戒光明寺西雲院ご住職による本堂と会津墓地での法要だ。
実はあまり知られていないが、南禅寺金地院でも法要が行われている。

南禅寺金地院には江戸時代に日光東照宮と並び称された東照宮があり、この東照宮の横に、明治30年に「戊辰伏見鳥羽之役 東軍戦死人追悼碑」が建立された。
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碑文の元の書
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碑の裏には、建立者は有志としか刻まれていないが、
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同時に編集された「戊辰伏見鳥羽之役 東軍戦死者人名録」の前書きを榎本武揚が記述しているので、建立の有志には、当然榎本も入っている。
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また、同じ敷地内の少し離れた場所に、田邊太一撰文による明治40年建立の碑も並んでいる。
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慶応丁卯十月前将軍上表還政〇朝廷嘉納更有〇優詔暫視事
如故蓋将待廣徴諸侯伯大議善後事宜也俄而事變麾下士與會
桑二藩皆不平之前将軍虞變生不測拔隊下坂而〇朝廷又遣尾
越二公傳〇旨諭納其封土促莫入〇朝前将軍敬〇君志誠奉〇
命意虔乃欲率小隊上京一問〇朝旨中変之故親訴事情然方斯
時擁大兵在〇輦下者概無非敵視我者而麾下士輿會桑及諸親
故諸藩簇據扈従者数至踰萬人心洵々遂與守闘者相鬩戦彌四
日将士死者数百今茲明治三十年志者相謀建於石標茲地以慰
雄魂而別記其本末刻之石如此死者姓名今不得悉其詳而見聞
所及載在簿冊蔵之洛東金地院云
明治四十年四月 田邊太一撰      廣瀬孫三郎書
注:(〇はスペース)

田邊太一は公私にわたり榎本とは縁があり、「榎本武揚夫人の墓碑文」も書いている。
明治40年碑の表には、戊辰戦争勃発に至った経緯と明治30年の碑建立のいわれと戦死者人名録の在処を刻んでいる。
裏には、明治40年になって建立した鳥羽伏見での戦死者碑の在所が書いてある。
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「戦死者碑在伏見町悟真寺納所村妙教寺淀町長圓寺」とあり、京都十七日会が建立した、榎本武揚書の「戊辰之役東軍戦死者之碑」の三か所の所在を示している。
なお、京都十七日会のネーミングは、徳川家康の死去した4月17日に因んでいる。

戊辰戦争が勃発した京都で最初に建立された東軍慰霊碑であるが、この金地院の二つの碑の存在も、あまり広くは知られていない。
一般には非公開、としてきたためと思われる。
お寺は、碑の見学は断っているが、年に一度非公開となっている場所の鍵を開ける。鳥羽伏見の戦いでの戦死者の子孫で構成している城南会主催の法要がある時である。
東照宮で、お寺に保存している「戊辰伏見鳥羽之役 東軍戦死者人名録」を前にして、御住職が懇ろに読経をあげたあと、非公開の場所の鍵を開けて、「戊辰伏見鳥羽之役 東軍戦死人追悼碑」の前で法要が営まれる。
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ただ、城南会のメンバーで法要に参列する人は、年々少なくなってきた。初めは百人以上の参加であったらしいが、代が何代か替わり、今年は8名であった。
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一般的に、戊辰戦争での戦死者の慰霊祭では、子孫の参列者が、代が替わるにつれ風化するためか減る傾向にある。

京都会津会が6月第2日曜日に黒谷金戒光明寺の西雲院と会津墓地にて行う法要も50人程が参加するが、会津藩士の子孫の方の参列はそれほど多くはないようだ。

鳥羽伏見の戦いのあとは舞台は京都から江戸に移り、江戸開城の後、上野戦争が起こる。
この上野戦争で戦死した彰義隊士の慰霊祭は、毎年二か所で行われている。一つは、上野公園の彰義隊の「戦死之墓」の前で、一つは円通寺においてである。
開催日は、上野「戦死之墓」前での慰霊祭は、原則5月15日で、その日が土日であれば前の金曜日に行われる。円通寺では、5月第3日曜日と決まっている。
上野公園での彰義隊子孫の参列者は、年々減少し今年は20名を下回った。新たに参加する人も何人かいて今年は3人が初参列したが、それ以上に子孫の参列者は減ってきた。
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円通寺での法要には、以前は旧幕臣で構成する三つの団体から参加していたが、年々連絡が取れなくなり、今年は子孫の参加者はゼロだった。

京都城南会は組織がそれなりにあるが、実は彰義隊については、きちんとした組織がない。
明治7年に小川興郷が上野公園の「彰義隊戦死の墓」を建立し、以後120年余りにわたり小川一族によって墓所が守られてきた。その間は、資料も展示し墓所横の自宅に彰義隊の子孫の方々も寄ることがあったが、小川家が自宅の立ち退きを迫られて引越しし、今はただ墓がぽつんとあるだけである。
子孫の方々は5月15日の慰霊祭で、年に一度顔を会わせるだけとなり、繋がりが誠に細くなってしまった。

5年後の2018年は、戊辰戦争勃発から、鳥羽伏見の戦い・上野戦争から、150年になる。
この節目の年を目標に、今から彰義隊の子孫の会を立ち上げ、メンバーの充実を図って、しっかりしたイベントができればと考えている。

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