京都にある東軍慰霊碑と埋骨地碑

戊辰戦争で戦死した東軍将兵の墓は、薩摩藩や長州藩などの西軍とはその建立の経緯に大きな違いがある。
また、慰霊碑に至っては京都でも明治後年まで建立されてこなかった。ましてや鳥羽伏見の戦いで散った東軍将兵の名を刻んだ墓をみることはほとんどない。

京都黒谷金戒光明寺 会津墓地内にある「慶應之役伏見鳥羽淀会藩戦死者碑」
鳥羽伏見の戦いの会津藩戦死者115霊を祀る。明治40年3月に建立された。
法要は京都会津会主催で毎年6月第2日曜日に営まれる。
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京都金地院 「戊辰伏見鳥羽之役 東軍戦死人追悼碑」
会津藩、桑名藩、大垣藩など東軍の戦死者を慰霊する。
明治30年に、30回忌を記念し建立された。
建立者は、有志とのみ記されている。
法要は、戦死者の子孫の会によって、毎年、家康の命日4月17日の前の日曜日に営まれる。
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京都金地院 副碑 
明治40年建立のこの碑には、「東軍戦死人追悼碑」の謂れを旧幕臣の田辺太一が撰している。
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田辺は長崎海軍伝習所では小杉雅之進と同じ第三期生だった。
裏には「戦死者碑在伏見町悟真寺納所村妙教寺淀町長圓寺」とあり、榎本武揚書の「戊辰之役東軍戦死者之碑」の所在を示している。
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以下この順序で、「戊辰之役東軍戦死者之碑」と埋骨地を訪ねるが、明治40年に作られた碑と埋骨地碑の場所を示す地図は以下の通り
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1)伏見の悟慎寺 「戊辰之役東軍戦死者之碑」
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子爵榎本武揚書で、明治40年に京都十七日会により建立された。
側面に、「戦死者埋骨地二所一在本寺地域北西一東北」とある。
東軍戦死者埋骨地が二か所あり,士卒64人を埋葬している。

悟慎寺 北西「戊辰役東軍戦死者埋骨地」
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別に左右に、鳥羽伏見に戦いで戦死した会津藩柴宮八三朗行孝、会津藩士稲生新助の2名の墓石がある。
柴宮八三郎は黒谷会津藩鳥羽伏見戦死者慰霊碑に名がみえる。

悟慎寺 東北「戊辰役東軍戦死者埋骨地」
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碑の裏側に鳥羽伏見の戦いで戦死した、会津藩士佐々木悦太郎、浜田藩安達市太郎・河村鋼之進、蜂須賀藩剣道指南番由清八の墓石が別にある。


2)淀の妙教寺 「戊辰之役東軍戦死者之碑」
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子爵榎本武揚書で、明治40年に京都十七日会により建立された。
側面に、「戦死者埋骨地三所一在下鳥羽村悲願寺墓地一納所村愛宕茶屋堤防-八番楳木」とある。
妙教寺では代々毎年2月4日に、八番楳木と愛宕茶屋堤防とで慰霊を行い本堂で法要を営んで来ておられる。


悲願時墓地 「戊辰役東軍戦死者埋骨地」
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鳥羽伏見の戦いで戦没した東軍戦死者233名が下鳥羽の人々により埋葬されている。
昭和48年の都市計画により一部公園の指定がなされ、昭和59年旧悲願寺の墓地を改葬している。

その悲願寺墓地墓地へを示す石標のある法伝寺には 「戊辰 東軍戦死者之碑」が建っている。
明治30年1月建立で、鳥羽伏見の戦とその後の戦いの戦死者を慰霊している。
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愛宕茶屋 「戊辰役東軍戦死者埋骨地」
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慶応4年(1868)1月5日幕府軍と西軍と激戦の地。鳥羽街道の愛宕茶屋があった場所に石碑が建てられた。ここには、35名の旧幕軍戦死者が埋葬されている。
この埋骨地碑の前で、妙教寺住職が毎年2月4日に法要を営まれる。

また 愛宕茶屋南の堤防上にあった 「戊辰役戦場址」と書かれた石標が横大路富ノ森の納所会館に移されている。
「是北従城南離宮一里至」 「是南従石清水八幡宮一里」とあり、昭和3年春京都三宅安兵衛の遺志により建立された。
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千両松と呼ばれる八番楳木 「戊辰役東軍戦死者埋骨地」
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脇には競馬関係者が建てた碑があり、そこには「慶応四年戊辰正月 伏見鳥羽の戦に敗れここ淀堤千両松に布陣し薩摩長州の西軍と激戦を交し、悲命に斃れた会津桑名の藩士及び 新選組並びに京都所司代見廻組の隊士の霊に捧ぐ」とある。
ここでは、白虎隊士飯沼貞吉の叔父飯沼友次郎も戦死している。飯沼友次郎は黒谷会津藩鳥羽伏見戦死者慰霊碑に記載がある。
この埋骨地碑の前で、妙教寺住職が毎年2月4日に法要を営まれる。


3)長圓寺 「戊辰之役東軍戦死者之碑」
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子爵榎本武揚書で、明治40年に京都十七日会により建立された。
側面に「戦死者埋骨地六所ニ存本寺一淀町光明寺墓地一大専寺 一文相寺 一東運寺及八幡番賀」とある。光明寺は廃寺となり長圓寺に墓石が移されたという。
この寺は、東軍傷病者の病院となっていた。寺には飛来した四斤弾や銃弾が保存されている。

長圓寺 「戊辰役東軍戦死者埋骨地」 山門を潜り右塀沿いにある。
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長圓寺 「戊辰役東軍戦死者埋骨地」 本堂裏手にある。
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光明寺跡 「戊辰役東軍戦死者埋骨地」 碑だけが今も静かく建っている。
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大専寺 「戊辰役東軍戦死者埋骨地」 本堂右側にある。
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文相寺 「戊辰役東軍戦死者埋骨地」  本堂右側墓地入口の水桶置き場横にある。
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東雲寺 「戊辰役東軍戦死者埋骨地」 本堂裏の大きな切株の場所にある。
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八幡番賀 「戊辰役東軍戦死者埋骨地」
念佛寺が管理している地元集落のいわゆる村墓地の中にある。
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八幡の念佛寺にある 「戊辰史跡」
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鳥羽伏見の戦いの時、官軍の砲火により本堂庫裏とも焼失した。当初東軍側だった大垣藩士4名が眠っている。
「戊辰史蹟 念仏寺 右八幡橋一丁 左前正福寺」とあり、昭和2年10月に京都三宅安兵衛の遺志により建立されている。

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