ヨドコウ迎賓館

芦屋にあるヨドコウ迎賓館で、「2009年雛人形特別展」を」拝見してきた。
建物はフランク・ロイド・ライトの設計したもので、有名な帝国ホテルの設計はこれより3年早い。
灘の山邑酒造の8代目山邑太左衛門の依頼を受け1918年に別邸として設計した。

展示している雛人形は、山邑太左衛門が長女雛子の誕生を祝い、京都の人形店「丸平」の三代目大木平蔵に作らせたもので、1900-1901年(明治33-34年)にかけ2年の歳月をかけた。
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                (写真は緑青vol.31 全国お雛めぐりより)
この公家雛は有職雛で、装束を忠実に雛に仕立てていて、全て本物を小さく縮小している。
着物は全て仕立て上げ、刺繍は錦糸で日本刺繍、髪の毛も絹糸で植えつけている。
漆塗りの雛道具には山邑酒造の八重桜の紋がある。
これまで拝見したお雛様の中でも群を抜いて立派なもので、110年近く経つが作ったばかりのように手入れされ保存状態もよい。

同じ作者のもので、明治天皇と皇后の変わり型の雛も展示していた。
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                  (写真は緑青vol.31 全国お雛めぐりより)

明治天皇は、嘉永5年9月22日(1852年11月3日)、孝明天皇の第二皇子として生まれた。母は権大納言中山忠能の娘・藤原慶子。京都・中山忠能邸で生まれ、父・孝明天皇が祐宮(さちのみや)と命名した。
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産湯で使った井戸。
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万延元年(1860年)7月10日儲君(皇太子)となり、9月28日に孝明天皇から親王宣下を受け、「睦仁」の名を賜る(=睦仁親王となる)。
慶応2年12月25日(1867年1月30日)孝明天皇が俄かに崩御したため、慶応3年1月9日に満14歳で践祚。 慶応4年1月15日元服。 慶応4年8月27日即位した。
この頃は幕府と討幕派がそれぞれ朝廷への工作を強めていたが、慶応3年10月15日(1867年11月10日)に、将軍徳川慶喜からの大政奉還の上奏を勅許し、政権を朝廷に戻した。
慶応3年12月9日(1868年1月3日)には討幕派の主導において王政復古の大号令を発し、「新政府樹立」を宣言。慶応4年1月3日(1868年1月27日)に鳥羽伏見で戊辰戦争が勃発したことから東征を命じ、明治2年5月17日(1869年)まで戦い勝利した。

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