アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「先祖調査」のブログ記事

みんなの「先祖調査」ブログ

タイトル 日 時
旧土地台帳からみる三吉慎蔵
旧土地台帳からみる三吉慎蔵 〇三吉慎蔵の生家・小坂家 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

2017/03/31 23:51
桃井春蔵の墓
桃井春蔵の墓 大阪羽曳野にある桃井春蔵直正のお墓にお参りしてきた。 高祖母・小杉e(とし)の先祖に南北朝時代の武将・桃井直常がいるが、「桃井春蔵」はその末裔の一人になるらしい。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 2

2017/03/31 22:29
旧東海道を歩く 19日目 12/11 最終日
旧東海道を歩く 19日目 12/11 最終日 品川宿から、いよいよ旧東海道東下りのゴールの日本橋まで歩く 本日の最終コースはよく親しんだ場所で、特に田町の近辺は小学、中学、高校、大学時代に暮らしていた場所でもあるので、土地勘がある地域になる ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

2017/01/20 17:56
旧東海道を歩く 17日目 12/9
旧東海道を歩く 17日目 12/9 大磯宿から、平塚宿、藤沢宿、戸塚宿を経て東戸塚まで歩く ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2017/01/19 00:50
旧東海道を歩く 16日目 12/8
旧東海道を歩く 16日目 12/8 箱根宿から、箱根旧街道(東坂)を下り、小田原宿まで歩く ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2017/01/18 11:09
旧東海道を歩く 9日目 12/1
旧東海道を歩く 9日目 12/1 二川宿から、白須賀宿、新居宿、舞坂宿を通って、浜松宿まで、36キロほど歩く。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

2017/01/06 23:24
2017年の予定
2017年の予定 明けましておめでとうございます。 今年は退職して8年目に入ります。 相も変わらず趣味の世界をさまよっています。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 0

2017/01/01 10:40
旧東海道を歩く 8日目 11/30
旧東海道を歩く 8日目 11/30 藤川宿の先の長沢から赤坂宿、御油宿、吉田宿を通って、二川宿まで27キロを歩く。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/12/31 18:35
旧東海道を歩く 3日目 11/25
旧東海道を歩く 3日目 11/25 水口宿を出立して土山宿を通り、難所の鈴鹿峠を越えて近江国から伊勢国へ入り、坂下宿を抜け、関宿まで31キロを歩く ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/12/26 18:12
旧東海道を歩く  2日目 11/24
旧東海道を歩く  2日目 11/24 草津宿から石部宿を通り水口宿まで、近江平野を26キロ歩く。 天気予報は最高気温が11度。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/12/26 11:49
旧東海道を歩く 1日目 11/23
旧東海道を歩く 1日目 11/23 お江戸日本橋に向かって、京都三条大橋を出立する。 本日は、山科を経て、大津宿を通り、瀬田の唐橋を渡り、草津宿まで約26キロを歩く。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/12/23 22:38
旧東海道を歩く 団結式 11/22
旧東海道を歩く 団結式 11/22 「 平成の龍馬 東海道をゆく!  -- 京から江戸ヘ龍馬立志の道 550キロウォーク-- 」 に参加して、11月23日から12月11日まで19日間で旧東海道を歩いてきた。 コースは、三条大橋から日本橋までの東下り。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/12/22 23:42
妻は、くノ一
妻は、くノ一 再放送が始まった。 第一回めの舞台は、文政7年(1824)の江戸。 のちの明治天皇の曽祖父になる、9代藩主・松浦清(静山)が、ドラマでは、前藩主として登場する。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2016/09/20 21:04
小山六郎による生野義挙の覚書
小山六郎による生野義挙の覚書 2年前に、マツノ書店から『維新日乗纂輯』全5巻が復刻された。 第二巻には先祖の小山六郎の「但馬義挙実記」も収められている。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/09/20 20:46
『三吉慎蔵日記』を例に
『三吉慎蔵日記』を例に 史料は比較検証が必要となることの例 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/08/23 21:48
斉藤一の写真から
斉藤一の写真から 元新撰組の斉藤一の写真が公表された。                          wikipediaより拝借 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 10 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/07/18 07:41
先祖調査からの拾遺
先祖調査からの拾遺 先祖調査をしていると、不思議なことに出会う。 これを歴史の綾と勝手に呼んでいるのだが、幕末がらみを中心に幾つか挙げてみる。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 10 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/06/27 15:50
幕臣・河島由路の祥月命日
幕臣・河島由路の祥月命日 河島家は賄方の家系で、長年の間に徳川家より受けた恩顧に報いるため、慶応4年に彰義隊に参加する。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/05/19 23:32
本能寺の変遷
本能寺の変遷 一昨日、本能寺の変遷の跡を訪ねてきた 本能寺は、日隆上人によって応永22年(1415)に創建されたが、その後、法華宗内の対立や、応仁の乱・本能寺の変などの戦乱、秀吉の都市計画によって5回、場所を変えている。 元々の寺号は「本応寺」で、3回目の再興のときから「本能寺」となる。 日隆上人自身が関わったのは最初の3回で、信長が自刃したときの本能寺は4回目の場所。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/04/15 11:01
宣教師シドッチの遺骨発見
宣教師シドッチの遺骨発見 昨日(4/4)、「最後のバテレン」と称されるイタリア人宣教師シドッチの遺骨発見のニュースが飛び込んできた。先祖縁者が、このシドッチと顔見知りだったので、とても驚いた。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/04/05 17:32
下関長府山口の旅 その1
下関長府山口の旅 その1 第1日目 (3月25日) 下関在住の伊佐さんの案内で、中山忠光公の延行村での潜居跡をめぐった後、法務局下関支局にて、三吉慎蔵とその縁者の調査のため旧土地台帳を閲覧した。 時間の都合ですべてを調査はしきれていないが、取りあえず中間報告をしておきたい。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/03/31 18:38
三吉慎蔵の最後
三吉慎蔵の最後 慎蔵は明治34年2月16日、数え71歳で長府にて亡くなっている。 先日、明治33年と34年の慎蔵日記を読む機会があった。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/02/29 23:04
今日は、三吉慎蔵の妻伊予の祥月命日
今日は、三吉慎蔵の妻伊予の祥月命日 慎蔵は小坂(おさか)土佐九郎の次男で、安政4年(1856)3月に三吉十蔵の養嗣子となる。 その翌安政5年1月23日に、同じ長府藩士・正村喜三郎藤原忠起の三女、17歳の伊予と婚儀を結んでいる。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/01/14 13:11
2016年の予定
2016年の予定 明けましておめでとうございます。 今年は退職して7年目に入ります。 相も変わらず趣味の世界をさまよっています。 その中で、昨年は幕末や先祖の調査では幾分進展がありました。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/01/01 00:23
「戊午の密勅」と船越清蔵
「戊午の密勅」と船越清蔵 戊午の大獄(安政の大獄)で処罰された者は多いが、逃げのびた者も少なくはない。 大津にいた船越清蔵もその一人だ。                         山口県菊川町の清蔵の墓所にて ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/12/14 12:01
楫取素彦と三吉慎蔵
楫取素彦と三吉慎蔵 大河ドラマ「花燃ゆ」のこれからの放映で、楫取素彦の妻寿が明治14年1月に死去する場面がある。 亡くなった場所は、東京の麹町平河町6丁目22番地の楫取素彦敷地内の粂次郎 (このときは道明)邸。 このとき三吉慎蔵は、ドラマには出てこないが、ごく近くにいた。                     写真は、当時の三吉慎蔵 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/10/21 00:14
龍馬をも相扶ケ
龍馬をも相扶ケ ある文書について、新しい読みのご教示を頂いたので記録しておきたい。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/10/19 07:41
今日10月9日は、河島由之の祥月命日
今日10月9日は、河島由之の祥月命日 河島善蔵源由之といい、曽祖父にあたる。明治44年に59歳で没した。 この人物については、情報が少ない。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/10/09 23:14
今日8/21は小杉雅之進の祥月命日
今日8/21は小杉雅之進の祥月命日 この人を知ったのはそんなに昔ではない。 今から8年ほど前のことだ。 定年後の趣味のひとつとして、幕末時代の先祖の調査を本格的にしようかと思い調べ始めたときだった。                晩年の小杉雅之進 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/08/21 21:28
「花燃ゆ」7月19日放送  山口から萩へ
「花燃ゆ」7月19日放送  山口から萩へ 今回のドラマの関心事は、移鎮した山口から一時的に萩へ戻ったこと ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/07/23 21:42
「花燃ゆ」7月12日放送  講和談判の代表
「花燃ゆ」7月12日放送  講和談判の代表 今日のドラマの関心事は、下関戦争の講和談判の代表 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/07/23 21:42
「花燃ゆ」6月7日放送 久坂玄瑞一家
「花燃ゆ」6月7日放送 久坂玄瑞一家 今回のドラマでの関心事は久坂玄瑞とその家族のこと ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/07/23 21:07
「花燃ゆ」6月7日放送 八・一八前後の行動
「花燃ゆ」6月7日放送 八・一八前後の行動 今回の関心事は、小田村伊之助の八・一八前後の行動。 ドラマでは、藩主に大和行幸の予定を報告し、藩士を随行させる許可を貰っている。この前後のことは『楫取素彦覚書』にもあるが、他の史料で補足してみたい。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/07/23 21:07
「花燃ゆ」6月21日放送  萩藩世子の毛利定広
「花燃ゆ」6月21日放送  萩藩世子の毛利定広 今回のドラマの関心事は、長州萩藩世子の毛利定広 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/07/23 21:07
「花燃ゆ」6月14日放送 来嶋又兵衛
「花燃ゆ」6月14日放送 来嶋又兵衛 今回のドラマの関心事は、来島又兵衛 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/07/23 21:07
「花燃ゆ」5月10日放送 松浦亀太郎
「花燃ゆ」5月10日放送  松浦亀太郎 今回の関心事はやはり松浦亀太郎 松陰の様々な絵を描き残したことで有名だが、 僕にとって関心があるのは京都霊山の関係として・・・ ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/07/23 19:38
幕末維新殉難志士の慰霊祭
幕末維新殉難志士の慰霊祭 禁門の変の日の7月19日、京都洛東霊山の霊明神社にて、霊明神社奉賛会主催の「幕末維新殉難志士の慰霊祭」が行われた。 霊明神社は、幕末維新にかけ、主に長州系志士達の葬送・祭祀の地となるが、藩の枠を超えて、暗殺・戦死など殉難・変死した志士達も葬っていく。従って、霊山は、幕末維新の志士たちの聖地として知られる。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/07/21 21:44
中山忠光卿の正室・富子のこと
中山忠光卿の正室・富子のこと 4月に著者から謹呈頂いた『志士の峠』を今頃読んでいる。 忙しかったとはいえ誠に失礼なことであった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/07/20 23:33
小坂家の出身地・備中国小坂村
小坂家の出身地・備中国小坂村 三吉慎蔵の実家・小坂家の出身地・備中国小坂村を調べている。 調査はとりあえず、以下の資料から行った。 @藤井駿氏「三聖寺文書に見える備中国小坂庄」 A鴨方町「鴨方町史」 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/07/11 21:56
『 雨窓紀聞 』と『 麥叢録 』との関係について
『 雨窓紀聞 』と『 麥叢録 』との関係について 先日、ヤフーオークションに『雨窓紀聞 下』が出品されのをfacebookの投稿で知った。 確認すると、商品説明は以下の通り、 [題名] 雨窓紀聞 下、[著者] 竹陰穏士(小杉雅之進) 咸臨丸蒸気方 江差奉行並、 [発行所・発行年] 北畠茂兵衛 明治6年、 [仕様] 木版本 本の大きさたて22cm×よこ15cm 総二十丁 [状態] 少汚れ・少落書き・少イタミあり ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/07/07 22:43
桃井家と幸若舞
桃井家と幸若舞 「幸若舞」と聞くと、織田信長が桶狭間の戦いの出陣直前に舞い謡った「敦盛」の場面を思い浮かべる。 当初、幸若舞はお祝いの意味合いが強かった。しかしだんだんと、平家物語や曽我物語など軍記物を取り入れた曲目が増え、武士の華やかにしてかつ哀しい物語を主題にしたものが多くなり、これに共鳴した戦国時代の武士の間で愛好されるようになっていく。 一ノ谷の戦いの平敦盛と熊谷直実を描く『敦盛』は特に好まれ、信長も愛好したようだ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2015/07/01 17:08
桃井直常の関係史跡巡り
桃井直常の関係史跡巡り 先日、足利家の枝族で、南北朝時代に越中守護に補任された桃井直常(もものい ただつね)の関連史跡と、直常から6代目の小杉家初代尚芳の発祥の地とを富山に訪ねてきた。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 2

2015/06/08 17:10
三吉慎蔵の実家・小坂家の出身地
三吉慎蔵の実家・小坂家の出身地 慎蔵は、小坂(おさか)土佐九郎・かつ子の次男で、三吉家の養子になる。 実父の小坂土佐九郎は、長府藩士で剣術指南役であったが、その先祖は、小坂家系図によると、初代について、 「元綱 源姓、小坂土佐守備中國小坂村之住人  穂田元清公江仕致御一字ヲ拝領ス知行五拾石之由申傳  父母共不分  妻佐久間主計某女」 とある。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/06/04 13:04
今日は、桃井直常の祥月命日
今日は、桃井直常の祥月命日 桃井(もものい)氏は、下野の足利氏の枝族で、もともと上野群馬郡桃井(現在の群馬県榛東村)の出身。 桃井氏は直常(ただつね)のとき足利尊氏に従い、各地で波乱万丈の生涯を送り、天授2年(1376)6月2日に亡くなっている。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/06/02 19:45
祖父の恋
祖父の恋 母方の祖父に、河島精一がいる。 明治19年(1886)に生まれ、昭和42年(1967)の81歳まで生きた。 僕が19歳の学生の時に亡くなったので、かれこれもう48年前になる。 精一は父親の河島由之が本郷区弓町2-18に住んでいた時に、近所の、ある女性に淡い恋心を懐いた。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/05/31 11:07
彰義隊士と慰霊祭
彰義隊士と慰霊祭 先日、上野の彰義隊墓前にて催された戦没者慰霊祭に参列してきた。 今年は、慶応4年から数え、遠忌慰霊法要第148回の年になる。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 1

2015/05/30 19:44
徳川家康公400年祭
徳川家康公400年祭 今年は家康公が元和2年(1616)に没して400年になる。久能山東照宮では御鎮座四百年大祭が行われ、駿府では1年を通じ四百年祭の行事が続く。4/16に東静岡にて「平成の徳川家臣団大会2015」のイベントが開催されることでもあり、1年半振りに久能山に参拝してきた。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/04/20 16:30
三吉慎蔵と中山忠光公 その2
三吉慎蔵と中山忠光公 その2 この二人について僕にとっては分らないことが多い。 最近、時々答えのない疑問があれこれ湧いてくることがよくある。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 17 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/04/08 23:54
三吉慎蔵と善勝寺
三吉慎蔵と善勝寺 下関で開催された長清会の翌日、3/22に長府と清末の間にある善勝寺を訪ねてきた。 幕末、このお寺の三女・津原かつ子が長府藩士小坂土佐九郎に入嫁した。 かつ子は、三吉家に養子に行った慎蔵の実母になる。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 9 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/03/29 00:44
井上聞多のこと
井上聞多のこと これは困った。 井上聞多の妹厚子は、来島又兵衛の長男・森清蔵に嫁いでいたのか、これは知らなかった。 三吉慎蔵-->船越清蔵-->来島又兵衛-->井上聞多となり、慎蔵とは遠いが、毀誉褒貶の分かれる聞多と縁続きになってしまう。 慎蔵はこのことを知っていただろうか? ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/03/24 00:26
長清会と毛利秀元公銅像の建立
3/21、下関の天白ひらこし「ふく楽舎」にて美味しいフグを頂きながら、第二回目の長清会が開かれた。 この会は、現下関市域のほとんどを占める長府藩・清末藩の子孫や関係者の、会員同士の懇親と下関発展への寄与を目的にしている。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/03/23 16:03
三吉慎蔵と中山忠光公 その1
中山忠光公について、『三吉慎蔵日記』には2か所の記述がある。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 11 / トラックバック 0 / コメント 6

2015/03/18 10:45
三吉慎蔵の実母・かつ子の家系
かつ子とその実家の事を調べている。 かつ子は、長府藩士小坂土佐九郎(馬廻役、剣術指南役)の妻で、文化3年(1806)7月23日に生まれ、明治30年(1897)に92歳で亡くなっている。慎蔵は二人の次男になる。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/01/25 00:16
長府藩士・小坂土佐九郎とその家族
年末に入手した三吉慎蔵の実家・小坂家の系図から様々な情報が分ったので、その一部を記録しておく。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/01/06 01:38
2015年の予定
明けましておめでとうございます。 今年は退職して6年目に入りますが、これまでなぜか現役時代以上に忙しく過ごしてき多様な気がします。 そんななか昨年は先祖調査に進展がみられました。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/01/01 00:30
ある幕臣一家の集合写真
11/6、横浜開港資料館にて、寄託されている先祖に関する資料を観る機会があった。 そのなかで、ある写真が目を引いた。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/12/18 10:51
小杉雅之進の写真
11/6、開陽丸子孫の会による主催で横浜開港資料館を訪れたおり、資料館の協力を得て、寄託されている先祖の史料を拝見する機会に恵まれた。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/12/16 12:12
下関市菊川町にて船越清蔵を訪ねる
一週間ほど前、長州清末藩の産んだ陽明学者・船越清蔵の生まれ故郷の下関市菊川町を訪問した。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/12/01 22:15
三吉慎蔵の娘・友子
昨日、10月31日は三吉友子の祥月命日 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 1

2014/11/01 20:41
美嘉保丸遭難の余波
幕臣で海軍士官だった山田昌邦について、facebookで話題になり、気になって調べてみると、僕が従来より伝聞で聞いたことは間違っていた事が判明したので、記録しておきたい。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 9 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/07/05 23:10
明治期の長府毛利邸と三吉慎蔵邸の変遷
6月27日、東京にて、明治時代の長府毛利邸と三吉慎蔵邸の跡を訪ねてきた。 長府毛利家当主元敏公は、明治4年9月から、明治23年まで東京に詰め、 家扶であった三吉慎蔵は元敏に随従し、東京に同じく20年住む。 慎蔵は、明治10年に宮内省に出仕するが、長府毛利家との関わりは維持している。 その足取りを訪ねてみた。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/06/30 14:49
先祖について
僕たちの先祖はたくさんいます。父と母がいて、その父母にそれぞれ父と母がいて、逆ねずみ算式に増えていき、100年前、1000年前には恐ろしい数になります。そしてどれ一つ欠けても今の僕たちはいません。そういう意味では、今の僕たちは貴重であり、先祖に感謝しないと罰が当たりそうです。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/06/23 09:33
三吉慎蔵の実母かつ子
本日6月22日は、小坂かつ子の祥月命日。 かつ子は、長府藩馬廻役で剣術指南役・小坂土佐九郎の妻で、文化3年(1806)7月23日に生まれ、明治30年(1897)に92歳で亡くなっている。 当時としてもかなりの長命だ。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/06/22 19:09
三吉慎蔵日記
『三吉慎蔵日記』は清書されていて、十九巻と附属巻で構成されている。 清書の元になった日記原本は今は存在が確認できていない。  ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 7 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/06/05 16:49
三吉玉樹・トモ夫妻とその家族
最近はfacebookばかりでブログを書くのをすっかり失念していた。 facebookとブログとは各々利点が異なり役割が違う。 ブログは記録として残り、かなり後からの検索も可能だが、facebookはこの点で見劣りがする。 facebookはむしろ特定グループ内での交流の素早さに重点が置かれ、利点がある。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/05/31 10:29
2014年の予定
明けましておめでとうございます。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/01/07 19:33
生野義挙150年記念イベント
11/23に朝来市生野で開催された生野義挙150年の記念式典に参加した。翌日は山口護国神社での墓前祭に参列し、そのあと、用意された史跡めぐりで通常は非公開の屋敷の見学をする機会に恵まれた。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/12/06 21:30
静岡3日目 久能山東照宮
静岡訪問3日目に、久能山東照宮へお参りした。 東照宮では、明治29年から33年までの4年間、宮司を務めた松平健雄夫妻が暮らしたあとを訪ねた。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/10/06 00:23
静岡1日目 東軍慰霊祭
第21回戊辰役東軍殉難者慰霊祭に参加した。 この慰霊祭は元新人物往来社社長・大出俊幸氏の主催で、平成4年以来毎年、各地の戊辰戦争激戦地において東軍戦没者の追悼を行ってこられた。 今年の慰霊祭の開催場所は、静岡市の蓮永寺。 蓮永寺は、家康の側室お万の方が再興し家康の三回忌を執り行った由緒あるお寺で、墓所にはお万の方の供養塔もある。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/10/04 21:58
生野義挙の檄文
今年は生野義挙から150年になる。 朝来市と生野町では、この節目の年を記念し以下のイベントを計画している。 11/23(土、祝日) 13:30記念式典、15:00記念講演 11/24(日)      9:30墓前祭、史跡巡り 講演者は昨年のプレイベントと同じく一坂太郎氏で、墓前祭は山口護国神社で行われる。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/08/31 23:38
京都会津会第108回法要
京都黒谷 西雲院において京都会津会の総会と第108回法要があり、参列させていただいた。 今回で参加は4回目になる。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 17 / トラックバック 0 / コメント 2

2013/06/12 18:30
咸臨丸フェスティバルと史跡巡り
横須賀市主催の第15回咸臨丸フェスティバルが、4月27日(土)に開催された。 開催趣旨は、横須賀市によれば、 1860年に我が国の軍艦として初の太平洋横断に成功した咸臨丸乗組員の偉業を偲び、 その壮挙を顕彰するため、 とある。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/05/24 12:12
日米修好通商条約関連と幕末史跡めぐり
先日、咸臨丸フェスティバルが横須賀浦賀で開催された。 毎年開かれているのだが、僕は今年初めて参加した。 その前日に、咸臨丸がそもそもサンフランシスコまで北太平洋を横断することになった原因である、日米修好通商条約関係の東京史跡巡りをすることにした。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/05/23 22:40
三吉慎蔵の写真
今日は三吉慎蔵の祥月命日。 明治34年(1901)2月16日、長府で没す。享年71歳。 幕末史の中ではマイナーな人物だが、最近驚いたことがある。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 3

2013/02/16 23:05
会津松平家の墓誌
先日、先祖調査のため上京した。 その折、多摩霊園へ出かけ、一族の一人・高祖母の姪杪(すえ)が葬られている会津松平家のお墓に参ってきた。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/12/19 15:45
三吉慎蔵の妻・伊予
今日は、長府藩士・三吉慎蔵の妻、伊予の月命日 伊予は長府藩士正村喜三郎の三女で、慎蔵が安政4年(1857)3月に三吉家の養嗣子になった翌年1月に17歳で入嫁し、明治44年(1911)1月に没している。享年71才。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 7 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/12/14 11:08
小杉辰三と神戸製鋼所
昨日、神戸製鋼所の本社を訪問した。 神戸製鋼所は、小杉雅之進の養子・小杉辰三が創設に関わった。 小杉辰三は、海軍兵学校15期で卒業席次は80人中2番、1番は後の海相財部彪。 神戸製鋼所創設に関わる直前は、海軍造兵少佐(海軍省技監)として呉工廠にて製鋼事業に携わっていたが、創設に当たり海軍を退官している。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/12/12 23:47
長崎通詞・楢林家と今村家
長崎の通詞・蘭方医の2家系(楢林家と今村家)を調べている。 先月、長崎を訪問したときは、そのひとつ今村家の源右衛門英生の墓所をお参りした。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/12/02 06:30
彰義隊士と魚屋さん
日暮里に行くと、ランチは決まって谷中ぎんざにある鮨屋さん「魚て津」でいただく.。 この店には、安くておいしいランチも目当だが、店内に大事に飾られている「魚て津の今昔由来」の由緒書きを確認しに行くのも目的のひとつ。ここのご主人は、湯島天神下の中坂下にあった「魚て津」で修業し暖簾分けしてもらい谷中で同じ名前で店を出したのだが、本家が店をたたんだあとで、この由緒書きを譲られている。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/10/14 19:19
乃木神社 御祭神百年祭
今年は、明治天皇が薨去され100年になる。 従って明治天皇に殉じた乃木希典が亡くなって100年。 乃木神社では、殉死の9月13日に、「御祭神百年記念」として「御祭神百年祭」の奉納行事が以下のように執り行われた。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 10 / トラックバック 1 / コメント 0

2012/09/20 12:34
生野義挙の小山六郎
3年前ほど前から、幕末の頃の先祖の調査を本格的に開始した。 まずは母方の先祖から始めたのだが、幕臣・長府藩士とその縁者等、調べる対象は多岐にわたっている。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 7 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/07/31 14:42
西郷の相棒 山岡鉄舟
昨日、小生が尊敬する人物の一人、山岡鉄舟が歴史秘話ヒストリアで取り上げられ、西郷隆盛の相棒として紹介された。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 1

2012/02/02 21:39
「鹿児島県史料」について
昭和34年から随時発刊されてきた鹿児島県史料を読むと面白いことが書いてある。 昭和59年発刊の「旧雑録後編5 斉宣・斉興公史料」の解題に、 明治5年、大山格之助が鹿児島県令の時に、県庁に保存されている薩摩藩時代の公文書を「旧弊を打破する」との理由で焼却してしまったために薩摩藩の歴史研究に大きな弊害を与えた、とある。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 7 / トラックバック 0 / コメント 1

2012/01/08 20:36
品川歴史館特別展と上野散策
小学校の同窓会で上京したついでに、昨日、品川歴史館の特別展 「品川御台場 −幕末期江戸湾防備の拠点−」 を拝見し、久しぶりに上野谷中を散策してきた。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 2

2011/11/21 19:31
咸臨丸子孫の会静岡旅行 2日目
10/30は、沼津市戸田で戸田造船郷土資料館を拝見し、伊豆の国市韮山では反射炉と江川邸を見学した。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 6

2011/11/03 00:07
咸臨丸子孫の会静岡旅行 1日目
咸臨丸子孫の会総勢38名の静岡旅行に参加し、静岡、清水、戸田、韮山など、咸臨丸ゆかりの史跡巡りをしてきた。 各々の箇所で、専門の方にガイドいただくという誠に贅沢な旅であった。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 1

2011/10/31 23:21
下関長府訪問 3日目
本日は、 朝方、壇ノ浦砲台跡と 赤間神宮を訪ね、 長府博物館で展示を拝見した後、同館で5時間ほど資料調査を行った。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 2

2011/10/26 23:45
下関長府訪問
10/19より、2泊3日で下関長府を訪ねてきた。 目的は、 10/19 下関市役所での先祖調査、下関市長表敬訪問、山川健次郎と飯沼貞吉の御子孫の講演拝聴 10/20 長府万骨塔での山川健次郎霊石安置式参列、菩提寺お参り 10/21 長府博物館での史料調査。            長府万骨塔に安置される 「白虎隊士 山川健次郎霊位」と刻んだ霊石             「白虎隊の会」の印がある ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 2

2011/10/25 00:24
幕末殉難志士を弔祭した霊明神社
10/9、京都府庁旧本館で開催された連続講座「幕末歴史秘話 長州編」を拝聴した。 講師は洛東霊山 志の聖地 霊明神社 八世神主 村上繁樹氏。会場はほぼ満席だった。 霊山はいわずと知れた幕末志士の聖地だが、なぜここに志士達の眠る墓があるのか、最近になって真実を知る人はだんだんと増えてきた。  志士達の墓碑がある場所は、今は霊山護国神社になってはいるが、幕末維新当時は霊明神社の境内墓地だった。 霊明神社の初代村上都ト(くにやす)の一族が代々さまざまな困難を乗り越え祭祀を続け今日に至っている。... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 2

2011/10/14 19:52
地震学者 今村明恒
9/1の防災の日(関東大震災が起きた日)にちなみ、前回のNHK歴史秘話ヒストリアは、関東大震災を予知した地震学者今村明恒を取り上げた。時宜を得た番組内容だと思う。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 11 / トラックバック 0 / コメント 2

2011/09/11 16:40
京都会津会第106回法要
昨日、黒谷山内 紫雲石 西雲院において京都会津会主催の法要があり、参列させていただいた。 松平容保が京都守護職として滞在した文久2年から慶応3年まで京畿で亡くなった藩士と、慶応4年の鳥羽伏見の戦いで戦死した藩士の慰霊祭。 今年で106回目の法要となる。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/06/13 22:11
薩長盟約と香蘭女学校
香蘭女学校は名前の通り女子校で、今日では珍しい「女学校」を名乗っている。 明治21年(1888)の創立なので、今年で開校124年になる伝統校だ。 薩長盟約とは一見何のリンクもなく、並べて題しても何のことかわからないが、小生には意味のある学校。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 10 / トラックバック 0 / コメント 5

2011/05/26 15:12
岐阜高須桑名訪問 高須編
前日に標高300M強の金華山をケーブルで登り岐阜城から美濃平野を眺めたあと、 翌日いよいよ美濃高須巡りをした。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2011/05/12 22:45
海王丸航海30日目 2010/05/05(水) 下船
本日下船。 サンフランシスコでの一週間が始まる。 殆どを咸臨丸関係の史蹟・博物館巡りで過ごす。 また遣米使節、咸臨丸関係で初見の多くの方々にもお会いする予定。楽しみである。 本日晩は船長主催レセプションがあり、また海王丸にお邪魔した。 既に下船しているので、研修生ではなく一般社会人として。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 2

2011/05/05 20:59
海王丸航海5日目 2010/04/11(日) 当直開始
船は、当直を交代しながら24時間動かす。 本日から研修生も当直体制に組み込まれ実習生に混じって当直を開始した。 150年前の咸臨丸の航海日誌には4時間ごとに当直を担当した人名の記述はあるが、 どのような作業をしていたのか、具体的には書いていない。 帆船航海での当直の内容を確かめることが小生の乗船目的の一つでもあり、楽しみにしていた。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/04/11 16:11
赤プリと宮さん
本日、東日本大震災で被災し避難してきた方々の受け入れが、3月末に閉館した旧グランドプリンス ホテル赤坂で始まった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2011/04/10 00:18
京都山科で輪王寺宮墓地を訪ねて
昨日、会社のOB達と桜見を兼ね京都散策に出かけた。 どこを廻るのか、きちんと把握しないまま集合地の山科駅に赴いたが、最初に訪ねたのが、 代々の輪王寺宮のお墓のある毘沙門堂だった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2011/04/05 12:19
乃木大将と日本人の心
昨日、京都洛南保勝会主催の洛南歴史フォーラム「乃木大将と日本人の心」を、 京都伏見の乃木神社で拝聴してきた。 講師は京都大学大学院教授中西輝政氏で、一昨年、乃木神社社務所が発行した氏の 「乃木希典 日本人への警醒」とほぼ同じ内容ではあるが、今回の東日本大震災への 指導的立場の人達の稚拙な対応への言及など、大いに持論も展開された。 リーダの資質欠如と国民の美徳発揮とのこのコントラストが目立つ昨今において、 幕末明治時代の精神とその指導者像の紹介は時節柄当を得た講演と思う。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/04/03 21:12
三吉慎蔵と船越清蔵
或る資料を読んでいて、別個に調べていた二人の人物が奇遇にも結びついた。 長府藩の三吉慎蔵と、清末藩の船越清蔵, 共に幕末史ではマイナーな人物だが、面白い組合せだ。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/02/13 00:16
貴重な写真
先週、小生には貴重な幕末明治の頃の写真を7葉、譲り受けた。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 12

2011/01/29 11:32
海王丸航海1日目 2010/04/07(水)  出航
4/7東京を出航し、サンフランシスコに向かう。  天気は曇り時々小雨  船の位置は、北緯35度、東経141度 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 3

2010/12/30 13:48
咸臨丸の航跡をたどる帆船海王丸
今年は遣米使節150周年にあたる。 1860年、江戸幕府は日米修好通商条約の批准書交換のために使節団を派遣した。1854年に開国した後の最初の国外公式訪問団で、正使は新見豊前守正興、副使は村垣淡路守範正、監察は小栗豊後守忠順。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2

2010/12/25 18:11
前田常三郎と佐柳高次と浦田運次郎
小杉雅之進は、前田常三郎を知っている。 咸臨丸という小さな船に同船し共に航海して修理期間も合わせ約130日間も一緒にいれば、知らないはずがない。 三吉慎蔵は、佐柳高次と浦田運次郎を知っていたはずだ。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 4

2010/12/05 23:45
宝塚での再会
昨日、懐かしい人、ジョージ・林氏にお会いした。 ちょうど半年前、桑港で初めてお目にかかり、その縁で5/8の丸一日、桑港の咸臨丸関連史跡を案内頂いた。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2010/11/07 21:04
大村益次郎遭難場所
nakaさんの御教示を受け、京都府立総合資料館に調査に行ってきた。 資料館が保存している行政文書に「大村兵部大輔旅寓江致乱入候暴人吟味」という文書が2巻ある。 明治2年の大村益次郎遭難の時からその後始末までの一件書類で読みごたえがある。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 1 / コメント 5

2010/10/18 00:01
遣米使節150周年記念事業
9/25(土)、横須賀にて、遣米使節150周年を記念し式典と講演会が行われた。 主催は 「万延元年遣米使節150周年記念事業実行委員会」、共催は横須賀市・横須賀市教育委員会、後援は外務省。 正使新見豊前守、軍艦奉行木村摂津守など遣米使節の子孫約90名と、関係者や参加者が多数集い、また咸臨丸に乗船したブルック大尉の曾孫さんの素晴らしい記念講演もあり、150周年に相応しい記念イベントであった。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 2

2010/09/27 17:57
下関長府訪問
9/13より4泊5日の日程で、下関長府を半年ぶりに訪れた。 目的は長府博物館での史料調査。今まで知りたかったことが9割方判明した。 調査未了の1割は長府では情報が得られないので、別途信州訪問を計画するつもり. ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2010/09/18 09:52
大村益次郎の遭難場所
益次郎が遭難した場所を調べている。 木屋町通御池上る東側、割烹竹島の敷地に「兵部大輔大村益次郎公遺址」 の碑が建っている。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 4

2010/09/07 21:30
最近気になること
大村益次郎について 1)益次郎の生まれた場所   生誕地は2説ある。 2)長井雅楽に対する思い・評価   46才の病床で書いた長井(45歳で屠腹)の辞世の意味。 3)写真はないのか   中公新書「大村益次郎」掲載の写真は? 4)山本軍三郎とその家族   益次郎の門人であり遺言により後継ぎと決定 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 3

2010/08/16 17:21
会津紀行その5
7/5  5日目、 佐藤一男さんの案内で、会津エンジン05に参加された下関商工会議所青年部のメンバーなどの皆さんと一緒に、鶴ヶ城、飯盛山、日新館を訪れた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/07/11 21:34
会津紀行その3
7/3  午後、飯沼一元氏、歴史愛好家の皆さんと一緒に、福島県立博物館を見学、その後皆で石田明夫氏の案内で鶴ヶ城内を訪ねた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/07/08 18:05
会津紀行その1
7/1から4泊5日で会津を訪ねてきた。 7/4にエンジン05が会津大学で開催されるのを切っ掛けに、白虎隊の義についての飯沼一元氏の講演を拝聴し、容保の墓参、市内の史跡巡りをするが目的。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/07/06 15:22
京都會津会法要
京都会津会が毎年6月第2日曜に営む、黒谷紫雲石西雲院会津墓地での第105回法要に参加してきた。 参加者は60人ほどで、白虎隊の会からは事務局長の飯沼さんと京都支部の司太夫が参列、飯沼さんと小生は初参加。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2010/06/14 09:19
帰国
5/13日本時間、帰国しました。 30数日間、全く世間と離れた非日常の生活を過ごしました。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 1

2010/05/15 12:27
桑港にて
5/5 午前、入港式と入国    夕刻、海王丸船長主催レセプション         ここでは、桑港在住の各界の方々とお会いした ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 1

2010/05/10 17:13
海王丸航海
5/5米国時間に、サンフランシスコに入港しました。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 2

2010/05/09 17:03
いざ出発
4/7に出航します。 そのための準備・オリエンテーションが4/6朝よりあり、その晩は海王丸に泊ります。 そのために、4/5には上京します。 したがって明日から帰国する5/13までは、ブログともしばらくお別れです。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 4

2010/04/04 21:38
もうひとつの思い
4/7帆船海王丸が東京とサンフランシスコとを往復航海する。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 1

2010/03/30 00:36
山口探訪 その4(下関)
3/22 朝から下関市内を史跡めぐりし、15:00より美祢と同じく会津と下関の歴史交流を進める懇談会に参加した。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 5

2010/03/25 08:05
山口探訪 その3(萩)
3/21 一日、萩市内を史跡めぐりした。案内して頂いたのは、美祢の座談会にも参加された金谷天満宮宮司の陽氏。 とても効率よく、回ることができました。ありがとうございます。 萩は7・8年振りで、当時は幕末維新に関心がなかったため、今回の史跡巡りは新鮮でした。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2010/03/25 06:51
海の貴婦人
遣米使節150周年を記念し、咸臨丸が渡航したのと同じコースを海王丸が航海する。 4/7出帆し、桑港まで片道約一ヶ月かかる。 3月退職でフリーになることも記念し、先祖と同じ航海をしようと、勢いで応募してしまった。 今回の一般客は12名。審査での決定は今週中かと思われる。楽しみだ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 4

2010/02/09 14:45
北原雅長
「七年史」の著者の名前を意外なところでみつけた。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2009/11/14 00:20
谷中・湯島散歩
文化の日、谷中と湯島を歩いてきた。 江戸歴史塾と、龍馬と愉快な仲間たちが企画し、20名ほどが参加。 日中気温15度だったが、陽もあり寒くは感じなかった。 朝早く新幹線に乗ったが、富士山が非常に綺麗だった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 2 / コメント 2

2009/11/04 23:26
湯島界隈
明日の文化の日、江戸歴史塾 龍馬と愉快な仲間たちの企画で、谷中を散歩してくる。 日暮里から湯島まで歩き、そこで懇親会。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2

2009/11/02 22:43
子孫からみた咸臨丸の歴史
逗子で開催された掲題の講演会を拝聴してきた。 素晴らしいの一言に尽きる内容であった。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 3

2009/10/17 11:32
函館・木古内・江差・松前の旅その2 (江差)
9/21昼 咸臨丸子孫の会の小林会長、小杉事務局長と同道で木古内から江差に着く。 駅の改札を出た所で江差・函館の親戚の方々の出迎を受けた。 初めて会う河島家・干場家の人たちで、戊辰戦争・上野戦争から140年の再会といってもよい。 駅には開陽丸友の会の輪島副会長も来られた。今回江差で親戚であることの確認をして頂いた方で、大変お世話になった。感謝しております。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2009/10/05 23:24
函館・木古内・江差・松前の旅その1 (木古内)
9/20〜9/24まで、箱館戦争関連の旅をしてきた。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

2009/10/05 00:40
乃木家と三吉家
昨日は驚くことがあった。社内に遠い縁由がいたのだ。20数年間気が付かなかった。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2

2009/10/03 08:09
140年ぶりの再会
8月のお盆休みから9月のシルバーウィークまでの1ヶ月、幕末維新時の先祖の調査で大きな進展があったので記録しておく。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2009/09/26 20:25
紀尾井坂
4月25日仕事で上京し閑があったので紀尾井坂に出かけた。このあたりは、紀州・尾張・井伊家の藩邸があったところで、坂の名称にその由来が残る。明治期には近くに伏見宮家、北白川宮家等の屋敷がおかれた所だ。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2009/05/06 20:07
鴉〜KARASU〜 04
4月24日に標記の演劇を鑑賞した時のこと。劇場内でカメラを持っていると、「関係者の方ですか?」 「そうです。」 問うた方は演劇・マスコミ関係者かと思い、答えた方は細谷の縁者として答えた。この勘違いをあえて気にせずに、幕に描かれた鴉と刀とのデザインを、記念に数枚撮らせていただいた。この写真は公開できないので、代わりにポスターをあげておく。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2009/05/06 18:23
文化学園服装博物館
長門萩藩主・毛利家より大村益次郎家に伝わった雛人形と雛道具を展示している。未見なので、今週拝見してくるつもり。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2009/03/09 23:37

トップへ | みんなの「先祖調査」ブログ

幕末散歩 先祖調査のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる