アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「傑物・学者」のブログ記事

みんなの「傑物・学者」ブログ

タイトル 日 時
桃井春蔵の墓
桃井春蔵の墓 大阪羽曳野にある桃井春蔵直正のお墓にお参りしてきた。 高祖母・小杉e(とし)の先祖に南北朝時代の武将・桃井直常がいるが、「桃井春蔵」はその末裔の一人になるらしい。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 2

2017/03/31 22:29
本能寺の変遷
本能寺の変遷 一昨日、本能寺の変遷の跡を訪ねてきた 本能寺は、日隆上人によって応永22年(1415)に創建されたが、その後、法華宗内の対立や、応仁の乱・本能寺の変などの戦乱、秀吉の都市計画によって5回、場所を変えている。 元々の寺号は「本応寺」で、3回目の再興のときから「本能寺」となる。 日隆上人自身が関わったのは最初の3回で、信長が自刃したときの本能寺は4回目の場所。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/04/15 11:01
宣教師シドッチの遺骨発見
宣教師シドッチの遺骨発見 昨日(4/4)、「最後のバテレン」と称されるイタリア人宣教師シドッチの遺骨発見のニュースが飛び込んできた。先祖縁者が、このシドッチと顔見知りだったので、とても驚いた。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/04/05 17:32
海舟と西郷の会談
海舟と西郷の会談 慶応4年の鳥羽伏見の戦いのあとから江戸開城までに、二人の間で書簡の交換や会談は何回かおこなわれる。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 7 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/12/15 17:54
「戊午の密勅」と船越清蔵
「戊午の密勅」と船越清蔵 戊午の大獄(安政の大獄)で処罰された者は多いが、逃げのびた者も少なくはない。 大津にいた船越清蔵もその一人だ。                         山口県菊川町の清蔵の墓所にて ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/12/14 12:01
下関市菊川町にて船越清蔵を訪ねる
下関市菊川町にて船越清蔵を訪ねる 一週間ほど前、長州清末藩の産んだ陽明学者・船越清蔵の生まれ故郷の下関市菊川町を訪問した。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/12/01 22:15
神戸海軍操練所開所150年
神戸海軍操練所開所150年 夏の終わりの8月30日に、神戸海軍操練所150年を記念して式典が行われたので記録しておく。 主催は、咸臨丸子孫の会。。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/10/29 00:51
赤松小三郎を訪ねて
赤松小三郎を訪ねて 大分前になるが、今年の夏に信州上田にて、赤松小三郎の生まれ故郷を訪ねたので、 これまでに廻った小三郎の関連史跡を纏めてみた。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 9 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/10/21 01:14
越前福井にて天狗党を訪ねる
越前福井にて天狗党を訪ねる 今年は、元治元年(1864)3月27日に「天狗党」が挙兵して150周年にあたる。 それを記念し、天狗党が西上途中で降参し壊滅した越前福井にて、県文書館「水戸天狗党 敦賀に散る」展が開催されている。先日、展示品を拝見し、福井での天狗党のゆかりの跡を訪ねてきた.。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 9 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/10/18 14:37
小浜の梅田雲浜史跡巡り
小浜の梅田雲浜史跡巡り 先日2回に分け、梅田雲浜の関連史跡を小浜で廻ってきた。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 7 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/10/14 23:17
河井継之助の歩いた道3
河井継之助の歩いた道3 今日は、河井継之助が、安政7年7月10日に生瀬宿から有馬の湯まで歩いた道を辿ってきた ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 7 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/12/21 21:31
河井継之助の歩いた道2
河井継之助の歩いた道2 河井継之助の歩いた道を辿ってきた。 今日は、前回時間切れで打ち切った伊丹から、生瀬まで ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 2

2012/12/08 00:48
河井継之助の歩いた道1
河井継之助の歩いた道1 いま住んでいる宝塚の近辺は、幕末のころ人の往来が多かった。 宝塚は周りに、要衝の地・小浜、有馬への入り口・生瀬、酒造りの盛んな鴻池・伊丹、参拝者が途切れなく続く中山観音・清荒神などの神社仏閣、などがあり、巡礼街道、西宮街道、京伏見街道、有馬街道が交わる場所だった。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/12/07 23:45
長崎通詞・楢林家と今村家
長崎通詞・楢林家と今村家 長崎の通詞・蘭方医の2家系(楢林家と今村家)を調べている。 先月、長崎を訪問したときは、そのひとつ今村家の源右衛門英生の墓所をお参りした。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/12/02 06:30
吉田松陰の拝闕詩碑
吉田松陰の拝闕詩碑 岡崎公園の京都府立図書館の敷地に、京都で松陰に関する唯一の碑がある。 ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 1

2012/06/26 21:23
二人の勇士
二人の勇士 英公使パークス襲撃事件とは関係はないが、この事件からいつも想起することがある。 林田衛太郎と三枝蓊は、公使一行を護衛していた騎馬兵12名と第九連隊第二大隊分遣隊を始め前後も含め大勢の守備兵の中へたった二人で襲撃を敢行した。これとよく似た二人だけの突入襲撃事件が、同じ慶應4年に京都から遠く離れた東北で半年ほど後に起きている。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/04/21 20:31
新しい赤松小三郎の墓標
新しい赤松小三郎の墓標 会社OBの新年会が京都であり、時間待ちもかねて近くの黒谷さんに寄って来た。 ここ金戒光明寺には、会津墓地を別にすると、10人強の幕末に活躍した人々が眠っている。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 1

2012/02/26 23:16
西郷の相棒 山岡鉄舟
西郷の相棒 山岡鉄舟 昨日、小生が尊敬する人物の一人、山岡鉄舟が歴史秘話ヒストリアで取り上げられ、西郷隆盛の相棒として紹介された。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 1

2012/02/02 21:39
赤松小三郎の墓石(再)
赤松小三郎の墓石(再) 昨日、調べものに大阪府立中央図書館へ行ってきた。 府立図書館は、中之島図書館と中央図書館に分かれているが、幕末関係の史料は両方に分散されている。小生の住む宝塚から東大阪の中央図書館は遠いため、調査のテーマを貯めておき、行くときは複数の調査を一度にすることにしている。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2012/01/08 16:00
赤松小三郎の墓石
赤松小三郎の墓石 3週間ほど前になるが、洋式兵学者で、幕末いち早く議会政治の確立を提唱した赤松小三郎の墓石が、京都金戒光明寺の墓地から上田市に移された。 砂岩の墓石は劣化が激しいため新たに御影石で作り変えることになり、現在の墓石は赤松の故郷に引き取られ記念碑とすることになった。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 2

2011/12/27 12:57
武市半平太寓居跡
武市半平太寓居跡 昨日、大阪龍馬会主催の墓前祭に出かけてきた。 今年の11/15の龍馬の命日は土日から外れているため、、料亭ツアーと史跡巡りを組み込んだイベントは日曜の11/13に設定された。 ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 2

2011/11/14 23:16
同志社創立者と大河のヒロイン
同志社創立者と大河のヒロイン 昨日京都南禅寺に用があったので、ついでに近くの若王子山に登ってきた。 この山の頂には、同志社の創立者新島襄を始め、妻八重、八重の両親と兄の山本覚馬、覚馬の次女、徳富蘇峯、そして中村半次郎の恋人村田さとなど同志社関係者が眠っている。 ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/11/11 14:55
地震学者 今村明恒
地震学者 今村明恒 9/1の防災の日(関東大震災が起きた日)にちなみ、前回のNHK歴史秘話ヒストリアは、関東大震災を予知した地震学者今村明恒を取り上げた。時宜を得た番組内容だと思う。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 11 / トラックバック 0 / コメント 2

2011/09/11 16:40
西の光村弥兵衛、東の岩崎弥太郎
西の光村弥兵衛、東の岩崎弥太郎 昨年末、明治時代の大阪商船に在職したある人物の調査を商船三井にお願いしたところ、「創業百年史」(1985年発行)を送って来られた。この社史により人物調査は終わっていたのだが、最近別件の調査のため読み直してみた。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 1 / コメント 0

2011/08/04 23:20
摂海と摩耶山
摂海と摩耶山 先日帆船あこがれで四国一周を目指し、大阪を出港、明石海峡から瀬戸内の島々を縫って、足摺岬、室戸岬から紀伊水道、友ヶ島水道を抜けて大阪に戻ってきた。 航海した海域は、古来、様々な出来事があった場所であり、幕末時でも明治維新までの間に色々な事件があった。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 1 / コメント 0

2011/07/30 09:32
動けば雷電のごとく
動けば雷電のごとく 京都山口県人会中村副会長のお誘いで、清話会主催の「高杉晋作」講演を拝聴してきた。 偶然にも?講演日は、旧暦慶応3年4月14日没の晋作の命日でした。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/04/15 07:27
乃木大将と日本人の心
乃木大将と日本人の心 昨日、京都洛南保勝会主催の洛南歴史フォーラム「乃木大将と日本人の心」を、 京都伏見の乃木神社で拝聴してきた。 講師は京都大学大学院教授中西輝政氏で、一昨年、乃木神社社務所が発行した氏の 「乃木希典 日本人への警醒」とほぼ同じ内容ではあるが、今回の東日本大震災への 指導的立場の人達の稚拙な対応への言及など、大いに持論も展開された。 リーダの資質欠如と国民の美徳発揮とのこのコントラストが目立つ昨今において、 幕末明治時代の精神とその指導者像の紹介は時節柄当を得た講演と思う。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/04/03 21:12
三吉慎蔵と船越清蔵
三吉慎蔵と船越清蔵 或る資料を読んでいて、別個に調べていた二人の人物が奇遇にも結びついた。 長府藩の三吉慎蔵と、清末藩の船越清蔵, 共に幕末史ではマイナーな人物だが、面白い組合せだ。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/02/13 00:16
関東訪問その2 小栗上野介展
関東訪問その2 小栗上野介展 12/11 高崎で開催されている「小栗上野之介」展を拝見し、晩は東京湾で海王丸デッキパーティに参加した。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2010/12/19 15:31
大村益次郎の遭難場所
大村益次郎の遭難場所 益次郎が遭難した場所を調べている。 木屋町通御池上る東側、割烹竹島の敷地に「兵部大輔大村益次郎公遺址」 の碑が建っている。 ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 4

2010/09/07 21:30
植村直己冒険館
植村直己冒険館 連休の最中、城崎からの帰途、植村直己冒険館に立ち寄った。冒険館は植村の生まれ故郷、豊岡市日高町にある。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2009/05/06 21:46

トップへ | みんなの「傑物・学者」ブログ

幕末散歩 傑物・学者のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる