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zoom RSS 旧東海道を歩く 1日目 11/23

<<   作成日時 : 2016/12/23 22:38   >>

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お江戸日本橋に向かって、京都三条大橋を出立する。
本日は、山科を経て、大津宿を通り、瀬田の唐橋を渡り、草津宿まで約26キロを歩く。
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京都三条を出立するに先立って、第一日目なので主催者よりイベント開始の挨拶のあと、
まず、ウォーキングをしっかり行うための準備体操を行う。
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準備体操は、朝出立前と、昼食・休憩後の出立前、ゴール到着後にクールダウンとして、以後毎日行う。
首、手首、腕、腰、股関節、アキレス腱、足首、足の甲などのストレッチが主なものになる。

参加者をA班、B班の二つに分け、毎日A班B班交代で、準備体操のリーダ役を務める。
そして、朝は、準備体操が終わると出立に先立って、当番の班のリーダ役がその日のゴール到着達成に向かって、頑張るぞとの檄を飛ばし、参加者がそれに大声で応える決まりになっている。

旧東海道を歩くにあたって、ガイドとしては風人社から発売されたばかりの、「ウォークマップ ホントに歩く 東海道」を使用する。
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現代の地図に旧東海道の道が記されていて分かり易い。
100mを1cmの地図にしてあるので、東海道550kmは全部で55mの地図になる。
これがあると、道を間違えることはない。

0830三条大橋を出立した後、
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0859まず、龍馬ゆかりの地として、龍馬とお龍の結婚式を挙げた跡地を見学する。
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実は、旧東海道には品川の立会川まで、龍馬もゆかりの地として分っている場所は今は他にはない。
予定の5.5キロ/時間からみると、ここまでのペースはかなり遅い。

0911ねじりまんぼを近景し
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0922粟田口刑場跡を通過する。
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この刑場では、江戸時代に約1万5千人が処刑されたと伝わる。

0926車石広場を見学
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江戸時代琵琶湖の水運により大津に荷揚げされた物資は、牛車によって東海道を京都まで運ばれたが、土の上を運びやすいように牛車の両輪の幅に2列に石を引いた。
国道1号線を離れ、旧東海道に入る。
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途中で御陵一里塚跡(江戸まで125里)を通り過ぎる。

1011五條別れ道標を過ぎる。「右は三条通」「左は五条橋、ひがしたに、大仏・今ぐま、きよ水道」
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1015山科を通過した
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1042車石の説明を横に見ながら進む。
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1053閑栖寺にて一番近い形で再現した車石を見学
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1056髭茶屋追分を通り過ぎ、逢坂へ向かう。この追分は右が京都三条大橋、左が大坂に通じる。大坂へと向かう道は徳川2代将軍秀忠の時にここから延伸され、東海道は大坂までを含めて東海道57次という。この道は天皇がいる京都市内を経由しない政治的な道でもある。
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1129逢坂へ到着。逢坂の関は王城鎮護の関だが、『分徳実録』に「文徳天皇の天安元年(857)に初めて逢坂関を建つ」とみえる。この関の跡で、大津から赤尾京都龍馬会会長ご夫妻の出迎えを受けた。
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1155その赤尾会長の案内で、大津宿に入り、
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大津宿本陣跡を訪ねる。
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大津宿には、天保14年(1843)の調査では、本陣2軒、脇本陣1軒、旅籠71軒があったという。このときの戸数は、3,650で、人口は14,892人(男7,306、女7,589)。女の数が多いのは飯盛女が多かったからと思われる。
広重の浮世絵には、白印に「走井茶屋」とある。清水の湧き出る井戸と走井餅を売る茶店を描いている
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大津は、天智天皇の6年(667)3月からの近江大津宮に始まるが、平安京の発展に伴い逢坂の関を挟んで、京都の外港として、東国北国との琵琶湖水運の港町としても発達した。

大津では、三吉慎蔵も顔なじみの寺田屋お登勢生家跡を訪ねた。
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琵琶湖沿岸で昼食後、準備体操をして出立したが、旧東海道ではなく、瀬田の唐橋まで琵琶湖沿岸を歩いた。
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1445瀬田の唐橋を渡る
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1523瀬田駅から伸びている学園通りとの交差点の一里塚(日本橋まで121里)を過ぎ、
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1618矢倉橋で草津川を渡り、草津宿の西の入り口を通り、草津宿に入る。
草津宿には、戸数586戸、人口2,351(男1,172、女1,179)、本陣2軒、脇本陣2軒、旅籠72軒があった。
草津は古くは野地が中心であったが草の原が生い茂るさびしいところであったらしい。近世になり、東海道と中山道との分岐点の宿場町として栄え、正徳2年(1712)には荷物改所が新設され、品川と駿府とともに重要な場所となった。
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        広重は、名物姥が餅を売る店頭を描いている。「うばのちや」の看板が見える。

1628国指定史跡の田中七左衛門本陣にて記念に集合写真をとり、
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クールダウン体操をして、今日はここで終わる。実際に歩いた距離は26キロの予定を大きく上回った
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参考: 風人社発行「ウォークマップ ホントに歩く 東海道」

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絵は三吉慎蔵と坂本龍馬です。

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